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絵本のおかあさん ehonkasan.exblog.jp

子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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カテゴリ:戦争と平和を考える( 25 )

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小学低学年以上むけ

世界中で問題になっているプラスチック。

便利で使いやすいけれど、大量に使われて、捨てられて・・・自然界にかえることはなく、マイクロプラスチックとなって、動物のお腹の中へ。

空気中に漂うこの小さな破片を、私たちは知らず知らずの内に吸い込んでもいるらしい。

先日は、タイで保護されたジュゴンの赤ちゃんが死に、体内から大量のプラスチックゴミが見つかった。

周りを見渡せば、どれもこれもプラスチック製。

スーパーのプラスチック袋は有料化され、マイバックが普及したものの、

コンビニはどう?

飲食店のストローに容器はどう?

どれもこれも有料化ちゃえば良いのに。


日曜日、スターウォーズ展を見に行った主人と次男と、新宿西口で合流し、実に○十年ぶり?の西口からガード下をくぐり、歌舞伎町のゴジラを横目に紀伊國屋、さらに伊勢丹へ。

学生時代は、朝まで飲み明かした歌舞伎町だが、人口密度の高い場所では目眩がしてきて、ぐったり。

それはさておき、デパ地下に足を踏み込んで、今の日本ではゴミがなくならないなあ・・・とつくづく思うのだった。

兎に角日本は便利!それが度を超している。

かく言う私も、この日はデパ地下でおかずを買って帰宅(><)

食料自給率は周知のごとく低いのに、毎日消費しきれずに捨てられる残飯の山。

最近では、インスタ映えするものが話題を呼ぶものの、写真を撮ったら捨てる、なんて行為が横行しているらしい。


二週間程前、いつも混んでいるので諦めていた、近くのハワイアン風のカフェに行ってみた。

驚き呆れる生クリーム鬼盛りのパンケーキに、うんざり。

とても食べ切れたものではなく、周りを見ると、皆残しているではないか!

日本人って、ほんとうに・・・・・

美味しいわけではないし、付け合わせのサラダはしなびちゃっているし・・・こんなに混んでいるのに、がっかり(><)

こんな生活をしていたら、この本の舞台ガンビアの人びとに共感出来るかな。。。。

*****

これは実話である。

頭に乗せていた椰子の葉で作った籠が壊れてしまい、果物が皆落ちてしまったアイサト。

いらついていたアイサトの目にとまったのは、風に乗って飛んできたポリ袋。

アイサトはそれを拾って、自分の籠を捨て、入れ替えた。

籠はその内土にかえるだろう。

何日かして、そのポリ袋も破れてしまうが、またもや飛んできた別のポリ袋を見つけ、入れ替え、破れたポリ袋はポイっ!

だって、皆そうしているから。

しかし、その1枚は2枚に、3枚にと増えていき、やがてゴミの山が出来た。

臭い臭いが立ちこめて、蚊が沸いた。

ゴミの山から餌をあさったやぎが、ポリ袋までも食べてしまい、死ぬようになった。

なんとかしなくちゃ!

アイサトはゴミの山からポリ袋を1枚拾った。2枚拾った。3枚、4枚・・・100枚。

洗って、乾かして・・・それを。


いつか、もとのようなキレイな村に戻ることを願って。



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by yomuyomuehon | 2019-08-27 14:49 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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子ども達の小中学校はエアコン完備のため、既に二学期が始まって一週間が経ちます。

PCから距離を置いた夏休み。

子ども達のマネージャーとして、飯炊き母さんとして、そして読書に明け暮れました。

夏休み中は、学童の二年生に読み聞かせに行きました。

中二の長男の家庭訪問と被っていたため、↓の二冊を読ませていただき帰って来ました。


一緒に声を出して!と言えば本当に大きな声で応えてくれるし、誌面いっぱいの”うんこ”の絵には、大爆笑、大興奮です。

気持ちよ~く帰って来たのですが、その後夏の読み聞かせ定番のこわ~い話には、怖くて少しのけぞりながら、でも興味はあって話には釘付けで・・・という反応だったようで、まだまだ素直な低学年・・・かわいいです(^^)

さて、夏休み中、私が読んだのは、

かがみの孤城

辻村 深月/ポプラ社

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バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

前野ウルド浩太郎/光文社

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本の虫ではないのだけれど―日常を散策する〈1〉 (日常を散策する 1)

清水 眞砂子/かもがわ出版

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シロガラス5 青い目のふたご

佐藤 多佳子/偕成社

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千年の田んぼ (国境の島に、古代の謎を追いかけて)

石井里津子/旬報社

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エッセイ集〈石井桃子コレクションV〉 (岩波現代文庫)

石井 桃子/岩波書店

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こんぴら狗 (くもんの児童文学)

今井 恭子,いぬんこ/くもん出版

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伊豆半島ジオパークトレッキングガイド―伊豆の山歩き海歩き

鈴木雄介,静岡新聞社/静岡新聞社

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もっと児童書を読んでおきたかったのですが、進みませんでした(^^;)

で、最後の伊豆の山歩き海歩き・・・次男のジュニアオリンピックが終わった最後の週末、下田に行ったので、ジオパークとなった伊豆を改めてお勉強。

さて、次男のジュニアオリンピックですが、

辛い辛い結果となりまして、これがブログ再開を遅らせる一因でもありました。

個人ではほんのわずか届かなかったJOC。

メドレーリレーでの出場のため、お盆中は合宿。

良い仕上がりが出来たらしかったのですが、直後に公園を朝ランニングをしていて捻挫(><)

出発前日まで毎日整体に通い、治して望んだJOC。

予選は4位で決勝に進んだのですが、決勝でメンバーを外されてしまったのです。

要はタイムが遅かったわけで・・・・泳ぎがかなり固かった。

こんなにも悲しい事があるだろうか。

息子がどれほどショックか考えると、私自身は流産した時よりも辛く・・・

本人に掛ける言葉もなく、主人が行けなかったので、20年ぶりに運転した首都高を末娘と三人、一言も発せず帰路に就いたのでした。

家に着いて、息子は一人静かに泣きながら横になり、しばらくして荷物を片付け始めました。

もう辞める!

絶対にそう言うだろうと思っていました。

夕方、兄と妹が練習に行くと、アジアカップを見たいと言いだし、次は絶対に負けないと言ったのでした。

しばらく、いやいやこれから先ずーっと、今回の事を忘れることは出来ないでしょう。

この先本人が踏ん張れるか否か、続けて行くか否か、静かに見守るばかりです。

本当はJOCでメダルを取って、気持ちよ~く出掛けるはずだった下田ですが、傷心旅行となってしまったでしょうか?

それでもまだ子ども。

行けばとことん遊び込み、台風の過ぎた弓ヶ浜を波乗りしまくり、合宿で黒くなった上に更に日焼けし、真っ黒になっていました。

しかし帰る日には、またまたブルーに(^^;)

まだ当分、こんな感じかな。。。。


時折激しく雨の降る昨日、屋外の大会でしたが、まだまだ吹っ切れない感じです。

練習環境が整わないsotaは、まあ結果の出ない夏の始まりでしたが、筋トレにランに、そして練習環境も改善した夏休み、以前に比べて練習量が増えた事、食べる量も増えたことで、昨日は大(?)ベストが出ました。

私が練習を見学に行った夏休み中のある日、私を見つけるなり、スピード落としてだらだら泳いだかと思いきや、次の瞬間いきなり飛ばして・・・なんて、とんでもない練習を始めたsota。

「何あれ?」

「見てられるとやる気なくなる!もう来ないで!」

「見ていなければ良い結果がでるわけ?」

「そうだよ!」

「じゃあ、行かないから、結果でみせてね」

「分かってるよ!」

と一悶着あって、私は子ども達の練習の見学を辞めたのです。

本当に私が見に行かなくなったからか?

まあ、中2になって親に見られたくない、色々言われたくないのは分かる。

毎晩三人の練習終了時間は異なるので、ひたすら外で待つことになりました。


haneちゃんは男女の混合リレーに出たことはありますが、今回女子だけの初リレーに望みました。

個人メドレーの選手ではありますが、メインはバタフライ。

しかし今回のメドレーリレーでは、なんと平泳ぎ(^^;)

あはは、居ないんだなあ。

まだまだまだまだJOCの入り口の光も見えませんが、50mプールでは大ベスト・・・かな?

って、泳いだことが無いけれど(^^;)

二週に渡る大会で、今回は自由形。次回は、バタフライと背泳ぎ、そしてフリーリレーかな?

上の二人には頑張って欲しいけど、haneちゃんにはそれほどやらせたいと思っていない水泳。

しかしながら、夢の中でも泳いでいるようで、寝言で「フリーが○○秒だから・・・○▲×◇・・・・」

こちらは楽しい夢のよう。

一方のtaichiは苦しい水泳の夢らしく、朝起きて、「寝た気がしない。夢の中でめちゃくちゃ泳いで疲れた~」と目覚めました。

熱中出来るものがあるのは良いけれど、水泳に飲み込まれないで欲しいと願う母です。


そして今日は二学期初の読み聞かせ。

5年生に読んできました。


そしてしっかりと。


親も子も、忙しい二学期が始まりました。

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by yomuyomuehon | 2018-09-03 12:28 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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小学6年生くらい~

フランスに暮らしていたユダヤ人少女ファニーの戦争体験で、作者の実話です。

物語は1939年8月、フランスの秘密警察に連行される父親の話で始まります。

ナチスが権力の座に付いた時、ユダヤ人である一家5人はドイツからフランスへ逃げて来たのでした。

「パパを連れて行かないで!」と戸口で通せんぼしたファニーの頬にキスをしたパパ。

「明日朝5時に警察署に来なさい。だんなさんを釈放するから。これは単なる手続き上のことでね・・・・」と一人の警官は言いました。

フランスなら大丈夫だと思っていたのに・・・・・

しかしユダヤ人差別は、恐ろしい早さでフランスにも広がっていて、ファニーはそれをひしひしと感じていたのです。

学校でも・・・・


次の日、ファニーとママは警察署に行きました。

しかしいくつの警察署を訪ね歩いても、何の情報も手に入りませんでした。


その晩、ママは言いました。

「ここはもう危険だから逃げなければならないの。モンモランシーに、児童救済協会の子どもの家があるのよ。でも、そこに行けるのは子どもだけなの」


ママと別れ、二人の妹と共に子どもの家に来て三年が経ちました。

年上の子も居たけれど、その中でファニーは子ども達のリーダーになっていました。

ここでの暮らしは穏やかでした。

戦争はひどく遠くに感じられました。

でも、1942年5月、ついに戦争の影はこのショーモン城まで伸びてきて・・・・

*****

1943年、児童救済協会は、子ども達を国境を越えてスイスに逃がす計画を立てました。

その時ファニーは13歳。

その危険な旅の途中で引率者の青年が逃走。

そして、ファニーは突然、大勢の子ども達の命を預かるリーダー役を任されることになったのです。

子ども達だけの逃避行。

ギリギリの精神力と体力と、絶対に生きるんだ!という強い意志。

13歳の指揮官ファニーに学ぶことは様々で、深く大きい。

このお話は映画にもなっています。

予告編を見ただけで、涙が止まりません。

映像になっちゃうと、生々しくて、ぐさぐさ刺さります。


物語の最後にエピローグが載っています。

パパもママも強制収容所で殺されたそうです。

ファニーがそれを知ったのは、戦争が終わり、フランスに戻った1946年のことでした。

フランスでの帰化申請に、テストと36000フランが要りました。

途方に暮れるファニーを救ったのは、かつてファニーが力を貸したレジスタンスの若者でした。

ファニーはレジスタンスの命を救った功労で、戦時功労特別賞を与えられ、フランス国籍も手に入れたでした。


ファニーは今、イスラエルに暮らします。


最後に訳者の伏見操さんの言葉を。

「想像力の大きな役割のひとつは、ほかの人の苦しみや喜びを察することです。そうすることで、世の中にあるたくさんの問題に立ち向かい、自分だけでなく周りの人たちもよりよく生きていけるはず。」


世界の情勢を知るために↓

中高校生向けに書かれているだけあってわかりやすい。


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by yomuyomuehon | 2017-09-11 15:18 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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そらいろ男爵

ジル・ボム/主婦の友社

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読んであげるなら 7,8歳~

100年くらい前のお話。

まだ、戦争を人の手で動かしていた頃の事。

空と見分けが付かないように、空色に塗った飛行機に乗るそらいろ男爵。

誰にも邪魔されず、鳥を眺めていた男爵も、地上で戦争が始まったとき、戦争に行かなくてはならなくなりました。

そこで空色の飛行機を迷彩柄に塗り替えて、男爵は砲弾になるものを探しました。

重くて、当たったらガツーンと痛いもの・・・

これだ、分厚い辞書だ。

・・・というわけで、12巻の百科事典を飛行機に載せ、戦地へ。

上から敵に向かって手落とし(^^;)

見事命中。

男爵は大活躍。

けれども、12巻では足りません。

戦争は続きます。

男爵は行っては帰りを繰り返し、最後の分厚い本「戦争と平和」を落としたところ、残念!

本はまともに当たらず・・・・

けれども、敵の大将はそれを拾い、夜通し読んだのです。

次の朝、隊長の目は真っ赤。

戦いの命令はストップしたのでした。

これに気をよくした男爵は作戦変更。

分厚い本はないけれど・・・・

*****

この本を、アの国のTさんと、キの国の金さんと、ニの国のあ~さんにプレゼントしたいものです。

この本の唯一残念なところは、裏表紙の男爵の飛行機がまだ迷彩柄のままなこと。

裏表紙を見て、ああ戦争が終わって空色男爵はまたバードウォッチングに興じる事が出来たのね☆って感じる事が出来たら良かったのに。。。。


”ペンは剣よりも強し”


戦場にいる兵士の果たして如何ほどが本を読めるのか?

アフリカや中近東で起きている紛争に引きずり込まれた若き兵士たちは、まともに教育を受けて育ってはいないでしょう。

それ故、教育というもの、知るということの重要性を感じずにはいられません。

私たちも、偏った報道や、ワイドショー化したTVに惑わされることなく、歴史から学び、自分の考えを持たなくてはならないと思います。

その考えをお互いに付き合わせ、自己主張のみでなく、互いの意見も受け入れあえたら・・・う~ん、戦う事も回避できるのでは。。。。

甘いかな?

でも、

戦争が生むものは、苦しみや憎しみ・・・負の連鎖。

かたや教育が本が生むものは、楽しさであり、喜びであり、生きる希望。


さて、今朝の朝日新聞に載っていたのは、「完訳 ファーブル昆虫記」を完成させた奥本大三郎さんの記事。

完訳ファーブル昆虫記 第1期 1-5巻 全10冊セット(化粧ケース入り)

ジャン=アンリ・ファーブル/集英社

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完訳ファーブル昆虫記 第2期 6-10巻 全10冊セット(化粧ケース入り)

ジャン=アンリ・ファーブル/集英社

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昆虫記の魅力は、虫の本能から人間社会を哲学的に考えている点にもあると仰います。

最終巻で、オサムシの残虐な捕食を描写した後に記されていること。

「幸福な民族というのは、もっとも大量に大砲を保有している民族のことではなく、平和に働き、豊富に生産する事の出来る民族のことなのだ」

たかが虫。

されど虫。

虫けらというて、侮ることなかれ。

虫から学ぶことはまだまだ多い。


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by yomuyomuehon | 2017-09-09 10:36 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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明日3/10は、今から72年前の1945年に、東京大空襲があった日。

トンネルの森 1945

角野 栄子/KADOKAWA/メディアファクトリー

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小学5年生くらいから


この本は、作者の角野栄子さんが実際に体験した戦争体験・集団疎開・継母との暮しを元に、東京大空襲について書かれたものです。


(以下、あらすじです)

主人公の少女イコは、5歳の時にお母さんを亡くし、父方のおばあちゃんタカさんに預けられた。

イコが一年生の時にお父さんのセイゾウさんは再婚する。

ところが、夏休みが終わる頃、お父さんに召集令状が来た。

この時、新しいお母さん光子さんのお腹には赤ちゃんがいた。

その年の12月8日に太平洋戦争が始まった。

イコが4年生の時、すっかり痩せたお父さんが突然帰って来た。

病気になったのだ。

戦争が激しくなり、東京も危ないと言う事になって、軍事工場で働くお父さんを一人残し、イコは光子さんと生まれたばかりの弟と三人、江戸川と利根川が別れる辺りの小さな村に疎開した。

草がぼうぼうと生える中に建つわらぶきの一軒家に住むことになった。

外にあるぽっとん式のトイレも、畳のないむしろを敷いただけの部屋も、なかなか火の着かない薪を使うかまども、獰猛なノミも、全てがイヤだった。

そして、学校へは、森の中の木々に覆われたトンネルみたいな道を通って通わなければならない。

暗くて怖いこの道を。

クラスの男の子から、以前イコの家に、軍隊から逃げ出した兵隊が隠れていて、憲兵が探しに来たこと、まだ見つからないことを聞いて、益々この道が、森が怖くなった。

心を通わせる事が出来ない新しいお母さんとの暮しも辛かった。

戦況が悪くなるにつれ、食べものを分けてもらう事も難しくなった。

お腹が空く日々。

そんな中、東京大空襲が起きた。

光子さんはお父さんの安否を確認するため、東京に向かう。

幼い弟とイコの二人を残して・・・・

*****

トンネルを通る時、「イコがとおりまーす、イコがとおりまーす、イコがとおりますよー」とおまじないを口にするようになって、少し恐い気持ちが少なくなるような気がしたイコ。

郷に入れば郷に従えと言ったおばあちゃんに従い、ムリに田舎の子の言葉を話すイコ。

同じ疎開っ子のクラスメートと友達になり、東京弁で話す事が出来て、少し心が軽くなるイコ。

久し振りに休暇をもらって帰って来たお父さんに喜ぶイコ。

空襲でおばあちゃんが亡くなり、ショックを受けるイコ。

東京大空襲で、行方不明になったお父さんの安否を心配するイコ。


お父さんの居ない、慣れない田舎での暮らし。

戦争の恐ろしさ。

これが当時の10歳の少女の現実だったのかと思うと、やるせない。

脱走兵の存在も見え隠れするが、それは怖いものとして描かれておらず、不思議な体験として物語に微妙なエッセンスを加えている。

*****

昨日の朝日新聞の『声 オピニオン&フォーラム』の欄に、大学生から、「読書をしないといけないの?」という投稿がありました。

「読書をする理由として、教養をつけ、新しい価値観に触れるためというのはあり得るだろう。しかし、本を読まないのは良くないと言えるのだろうか。」とありました。

この方は、実に可愛そうな幼少期を送られたのだなと思いました。

本を読むのは教養の為だけでは無い事を、楽しいものである事を、お母さんや周りの大人から教えてもらえなかったのですね。

角野栄子さんは産経ニュースで以下のように仰っています。(2015.7.15)

死と隣り合わせの子供時代だったが「不安の中にも想像力はある。子供は『いいことはきっとある』と、ポジティブに考える力がある。いつの時代でもね」と角野さんは言う。

 想像力は生きるエネルギーの源泉になる。長年の執筆を支えたのは、物語は子供が持つその力を大きく育むことができるという思いだ。「物語には想像力をかき立てるものがいっぱいある。そこは広く、自由な世界です。入り込むことはできるけれど、主人公と自分は違うでしょ。そこで子供たちは自分を知り、『こう生きたい』と考えるんだと思うんです」


世界は、そして近場も、近ごろ何だかきな臭い。


戦争を知らなくても、こういうものを読む事によって、戦争というものがどれ程苦しいものであるか感じる事、知ることは出来ます。


この本を読んで、子ども達はどう生きたいと考えるでしょうか?


*****

さて、岩崎書店に問い合わせていた「はなのみち」

はなのみち (えほん・ハートランド)

岡 信子/岩崎書店

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の「くまさんが・・・」の「が」の使い方について、先程返答を頂きました。

私からの問い合わせした内容は・・・

「一年生の国語教科書に載っている『はなのみち』のテキストの件で質問があります。

昨日6年生への読み聞かせで、懐かしいでしょ?と三冊の本の間に、この絵本を取り入れました。

今朝、そのクラスにいた息子と3年生の息子にまた読んでみたところ(絵を見せずに)、「くまさんが、ともだちの りすさんに、ききにいきました。」と「くまさんが、ふくろを あけました。」の「が」は「は」じゃないのか?と聞いてきました。

私も確かに違和感があり、色々調べてみました。

動詞が後ろに来る場合の動詞文には「が」を使うということも分かりましたが、旧情報(くまさんがふくろをみつけました)に対し、新情報である次の文には「は」を使うという事も分かり、家にあるテキスト(特に昔話や瀬田貞二さん、石井桃子さん)を読んでも、そうなのではないかと思いました。

この件について、なぜ「は」ではなく「が」が使われているのか教えてください。」

 


これに対して、岩崎書店さんからは・・・

当時の編集担当者がすでに退職しておりますので、確認したわけではありませんが、この絵本は、絵本のつくりとして、見開きで場面を切り取ったような「紙芝居風の形」になっているためだと思います。

幼い子どもは、ページをめくって場面が変わると、その場面だけを見る傾向があるので、つながったお話よりも、見開き場面ごとの文にする方が、分かりやすい面があり、「くまさんが~しました」という文の繰り返しで構成しております。

声に出して読んだ際、少し韻を踏んだような効果も考えたのだと思います。

ただ、この絵本の文をひと連なりの文章として読む場合、ここの部分は、「くまさんが」ではなく「くまさんは」の方が良いのでは?という指摘は、確かに文法的には的確だと思います。

この微妙な格助詞の使い分けに気付いたお子さんを是非褒めてあげてください。

そして、絵本という表現方法の効果として、上記のような配慮から、あえてここでは「は」ではなく「が」を選んだらしい、ということをお伝えいただければ幸いです。



絵本で読んだ場合と、耳で聞いた場合では印象が違うのかあ。。。。。

これが国語の教科書では、見開きで文はひと連なりなのだから、絵本としてはよくても、国語のテキストとしてはどうなのかな?と疑問が残りました。

必死に覚えた一年生の時、そんな事は考えなかったもんね(^^;)

でも、うちの子達は、幼き頃より特に昔話を耳で聞いて育っていたみたい。



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by yomuyomuehon | 2017-03-09 10:37 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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返却期限が来て・・・あら~、返さなくちゃいけないのに・・・まだ読んでなかった(><)

むむむ、「ヒトラーのむすめ」

なぜ、この本借りたんだっけ?

まあ、これなら2時間もあれば・・・と読み始めて間もなく、

おお、読んどいて良かった!

と痛感させられたお話。


ヒットラーのむすめ (鈴木出版の海外児童文学―この地球を生きる子どもたち)

ジャッキー フレンチ/鈴木出版

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小学高学年以上向け


(以下、あらすじです)

オーストラリア。

雨が降り続いていたある日、スクールバスを待つ間に、アンナが始めたお話ゲーム。

いつもなら、誰かが登場人物を決めて、その後の話を他の子が作る。

でも、今回は違った。

アンナが始めたハイジのお話は、トレーシーにも、特にマークにとっては、バスが来るまでの楽しみとなり、アンナが語る続きを聞きたくてたまらないものとなった。


私も、マイク同様、アンナのお話の続きが聞きたくてたまらなくなった。


お話はこういうものだった。


ヒトラーにはハイジという娘が居た。

でも、その存在は隠され続けた。

なぜなら、ハイジの顔には大きな赤いあざがあり、足の長さが違うため片足を引きずって歩かなければならず、完璧な人種を繁栄させようとしていたヒトラーにとって、娘の存在は決して人に知られてはならぬ事だったからだ。

ハイジはヒトラーをデュフィと呼び、もちろん一緒に暮らしては居なかった。

でも、ハイジの世話をしてくれるゲルバー先生とムント夫人と暮らす大きな家に、デュフィは時々やって来る。

お土産を携えて。

ディフィが持って来てくれた、金髪で青い目の人形のように美しかったら「お父さん」と呼ばせてもらえるかもしれないと密かに泣くハイジ。

ハイジは外に出る事を許されない。

だから、外の世界の事を何も知らない。

デュフィ、つまりヒトラーが何をしているかも・・・

ハイジにとっては、口には出して「お父さん」と呼ぶ事は出来ないけれども、優しいたった一人の肉親なのである。

やがて戦況が変化し、ハイジは使用人の多い大きな家を出て、ゲルパー先生と新しい家に移る。

そこで、村の農家からお手伝いに来たライプさんに、外の世界の事や戦況について、少しづつ聞く事になる。

暫くしてここからも逃げなければならなくなり、二人はある地下室へ移るだが・・・



バスが来るまでのお話なので、途中でマークの日常が入る。

マークはこのお話を聞くようになって、大きな疑問を抱えるようになる。

「もし、自分の父さんが、ヒトラーと同じような事をしたら・・・ぼくはどうすべきなの?」

息子として何があっても父さんに協力すべきなのか?

「おまえは、自分が正しいと思うことをすべきだろうな。・・・だけど意見が違っても、話し合うことができたらいいよな。どんなに言い争っても、それでも、顔を合わせて家族でいたいと思うね」

「ぼくが、どんなひどいことをしたとしても、ぼくのことを好きでいられる?たとえば大量殺人とか」

「もちろんだよ、もしかすると違う愛し方でってことになるかもしれないけどな」


物語にのめり込むマークは、自分のお父さんがヒットラーだったら、現代にヒットラーが現れたらと想像し、自分はどうするべきかと、両親や先生に疑問を投げかける。

大人も大切な疑問に向き合う時間を持つのだが、忙しい時に滅入るような質問を、何度も問いかけられると、大人というのは我慢ならないのか・・・・

いい加減にしろ!となってしまうのだ。

そこがこの本のリアリティーのある所だけど。

アンナのお話のラストは、ひょっとしてハイジはアンナのおばあちゃん!?と思えなくもない思わせぶりな終わり方である。


これはフィクションだが、海外の子ども達は、こうして普通の会話に歴史認識などを盛り込めるのだろうか?

果たして私たちはどうか?

子どもとちゃんと話をしているか?

子どもに語れる大人になっているか?

明日の平和をさがす本 戦争と平和を考える絵本からYAまで300

宇野 和美,さくま ゆみこ,土居 安子,西山 利佳,野上 暁/岩崎書店

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by yomuyomuehon | 2017-01-24 06:20 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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これから戦場に向かいます

山本 美香/ポプラ社

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小学中学年以上向け


4年前の2012年8月20日、シリアのアレッポで取材中に銃弾に倒れたジャーナリスト、山本美香さんの写真絵本である。

TVで新聞で伝えられないものが世界にはたくさんある。

日本人の戦場ジャーナリストの方たちが居なかったら、私たちはきっと世界から取り残されてしまうのだろうと思う。

遠くの国で起きていることではない。

なぜなら多くの戦争の根本は、資源の取り合いにあり、私たちもその資源の多くを消費する国に住むのだから。

持つ国故の悲劇・・・しかし一般の市民には何の利も無い。

そして、いつの時代も、戦場で一番悲惨なのは弱い市民なのだ。


「信じられないほど激しかった戦闘がパタリとやみ、静寂があたりをつつむことがある。
そのすきをみのがさず、田畑を耕し、食事をつくり、
家族を養うたくましい人びとの姿がある。
どのような状況でも人間は生きていくのだ、と勇気をもらっている。
しかし、そんな彼らが一瞬にして命を落としてしまうのも戦争なのだ。」


どうしてそれを繰り返してしまうのか?

人間はなんて愚かなのだろうか?


「力でねじふせるやり方は、即効性があって、表面的には効果があるように見える。
しかし、人間のこころのにきざみこまれた憎しみは、何かのひょうしに爆発し、暴走するだろう」

「これから戦場にむかいます」_e0160269_08232207.jpg


「今は、じっとだまって 成り行きを見ているイラクの人たちだが、彼らのうけた傷は、いつまでも消えることなく、くすぶりつづけるだろう。」

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女性ジャーナリストとして唯一とも言える最前線で取材をしていた山本さん。

「戦闘を取材したいのではない。戦争を取材したいのだ。」


と言っていたそうだ。


「私たちジャーナリストは死ぬために戦場を目指してはいない。誰かがそこへ行って目撃しなければならないし証拠を残していかなければならない。記録して外の世界に出さなければならない。だから私は戦場に向かう」(『中継されなかったバクダット』より)

この本は小学生でも読めるように作られたもの。

是非学校の図書室にも置いて欲しいと思う。


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by yomuyomuehon | 2016-12-29 08:26 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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昨日の続きです。

さて、戦時中も、そしてその前からも障害を持つ人々は居たわけです。

そして戦前は障害を持つ人たちを守る法律なんてありませんでした。

障害を持つ方は、どういう戦争体験をしてきたのでしょう?


その事について、教諭だった丘さんは、ここからは高校の歴史の授業みたいになりますが・・・とお話くださいました。

いよいよ本土決戦か!?という戦争末期、子ども達は、国策として次世代の戦力確保の為に集団学童疎開をさせられました。

しかし、戦力にならぬ、亡くなってもよいと考えられていた障害を持つ子ども達は、学童疎開の対象外でした。


1932年(昭和7年)東京市に全国で唯一の肢体不自由児学校として設立された光明学校。

松本校長先生が学童疎開を直接当局に掛け合うものの、相手にされる事はありませんでした。

疎開先を自ら探してくるならば、疎開してもよいということになり、校長は長野県上山田村の村長に熱心に掛け合い、やっとの事疎開先を確保する事が出来たのです。

しかし、戦争が終わっても、光明学校の子ども達が親元に戻って来たのは、健常な子達から遅れる事4年が経っての事でした。

信濃路はるか―光明養護学校の学童疎開

光明学校の学童疎開を記録する会/田研出版

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「戦争などの有事の際には障害者は真っ先に切り捨てられる」

世の中の空気が変わった時に真っ先に切り捨てられるのは障害者だ、平和じゃないと生きられないということを、先鋭的に肌身に感じているのが他ならぬ障害者たち自身だと、自身も視覚障害があり、日本障害者協議会の代表を務める藤井克徳さんは仰っています。


戦争中、障害のため、徴兵検査で不合格になり兵隊になって国のために戦えなかった障害者。「穀潰し」呼ばわりされることもあったそうです。


そうした負い目や軍国教育の影響もあり、国のために戦いたいと考えた障害者もいました。なんとか国の役に立ちたいと。


それが語られるこの本↓


太一さんの戦争

丘 修三/今人舎

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小学高学年以上向け


(以下、あらすじです)


子どもの時の病気がもとで、知恵が少し遅れていた太一さん。


勉強も運動も苦手。


村では「ばかの太一」と呼ばれていました。


しかし身体は丈夫で村一番の力持ち。


村の人たちは影でこう言っていました。


「太一の力はばか力 お国の為には なりゃしない」


そういわれてもニコニコしている太一さん。


しかしお母さんは悔しくて、悔しくて・・・いつか太一がお国の役に立つときがやってくる。


村の若者は兵隊になって次々と村を出て行きました。


旗を振って見送る村人たち。


若者達はひるむ心を隠して、誇らしげに戦場へ出掛けて行きました。


やがて村には太一さんを除いて男の若者は一人も居なくなってしまいました。


暫く経つと、一人二人と若者たちは骨になって帰って来ました。


戦死した若者の家の門口には、「英霊の家」と言う札が貼られました。


お母さんはそれを見ると、足を止め、深々と頭を下げて、戦争に行けない太一さんの事を思うと、ひどく肩身の狭い思いになるのでした。


ラジオや新聞はいつも「勝った勝った」というのですが、アメリカの飛行機が頻繁に姿を現すようになりました。


本当に勝っているのだろうか・・・


戦争が始まって4年目。


とうとう太一さんの所にも赤紙が届きました。


いよいよお国のために働くときが来たのです。


深々と頭を下げ、お礼をいうお母さん。


やっと他の青年達と同じになったとホッとしたのでした。


太一さんは横須賀の海兵団で厳しい訓練を受ける事になりました。


初日から失敗ばかりに太一さんに、上官は辛く当たります。


苦しい日々を歯を食いしばって頑張っていた太一さん。


しかし・・・・

 

 * * * * *

戦争中の障害者に対する差別・抑圧の歴史は、日本だけではありません。

ユダヤ人を大量虐殺したナチス政権下のドイツで、ドイツ人を含む20万人以上の障害者らが強制断種させられたり、「ガス室」に入れられ殺害されたりしました。

医学界は精神障害者らを殺害することは、優生思想から正しいことと考え、積極的に殺戮していました。

そして、これをナチスが利用したのです。

丘さんは、相模原やまゆり園事件の容疑者の考え方は、ナチスと同じであると仰っていました。

今健常である人も、いつかは障害者になる。

誰かに介助してもらわなければならない存在になる。

そこの想像力が欠如している。

昔は、この部屋で赤ちゃんが生まれ、この部屋で年寄りが亡くなるという現実に中に暮らしていた。

核家族の中では、死と生が隣り合わせであることを実感できない。


そこで丘さんは、幼稚園や老人ホームを同じ所に、人の居る所に作るべきだと提案されていました。

また、今別にある養護学校は普通学級で一緒に!が、互いの理解の深まる一番いい形だとも仰っていました。

偏見や差別や無知は、時間の共有によって無くなるはず。

書物を読むことで知るのではない。

見て聞いて、つきあう体験こそ大切だと。


丘さん修三さんは「子どもの本・九条の会」の発起人のお一人です。

今回この本も購入。

あたらしい憲法草案のはなし

自民党の憲法改正草案を爆発的にひろめる有志連合/太郎次郎社エディタス

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最初は笑えましたけど、読めば読むほど腹が立ってきます。

今人舎 「8.15朗読・収録プロジェクト」


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by yomuyomuehon | 2016-10-13 10:48 | 戦争と平和を考える | Comments(0)
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早くも一週間以上経ってしまいました。

1日(土)に聞きに行った、戦争体験の語りと丘修三さんの講演「障害者と戦争」

少し前に紹介した、

ぼくのお姉さん (偕成社文庫)

丘 修三/偕成社

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は、丘さんが養護学校教諭時代に体験した事を元に作られた短編集で、「丘修三」としての処女作。

最近出ている障害者を扱った児童書を読むなら、こちらを手に取るべき良本です。

執筆にあたり、丘さんが影響を受けた本は、

地べたっこさま (理論社名作の愛蔵版)

さねとう あきら/理論社

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はせがわくんきらいや

長谷川 集平/復刊ドットコム

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じろはったん (ポプラ社文庫 (A172))

森 はな/ポプラ社

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おお、どれも画像がないですね(^^;)

ってことは、需要がない、読まれていないんですね。

「これらの作品は甘くなく、現実を丸ごと受け止めたうえでの、対象に対する愛情を感じました。シビアな目で現実を見ることとその表現法を学びました。」と、

丘さんはこちら↓の中で仰っています。

作家が語るわたしの児童文学15人

日本児童文学者協会(編集)/にっけん教育出版社

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今回の講演でも丘さんは仰っていましたが、上でも語られています。

「障害児教育にたずさわらなかったら、彼らに対して多くの偏見、差別観を持ち続けたであろうと思う。」

「自分は、高慢な理想を持って現場へ入った教師ではなかった。脳性まひの子ども達に初めて接した時、なんて汚い、臭い、醜い子ども達だと思った。触れることも恐かった。いやいやながらの毎日だったが、彼らと共に暮らしている内に気持ちが変化してきて、段々可愛くなってきた。共に歩む事、共にあること、つまり共存する事によって、思想や理念が作られていくということを、自分の身体を通して実感した。」

以下はこの講演では語られませんでしたが、丘さん同様、私も頭をガンと殴られたようなショックを受けました。

「横浜で脳性まひの青年が、将来を悲観した父親に絞殺された事件で、父親に同情した人達が減刑嘆願の運動を始めた。わたしもその場にいたらすぐにでもしたと思う。しかし、これに猛烈に反対したグループがあった。それは脳性まひの青年グループで、『減刑たんがんするというのは殺す側の理論だ。殺される側は全く無視されている』と言ったのだ。父親に対する同情ばかりで、殺された脳性まひの息子の事は、殆ど意識されていなかった。わたしは自分が殺す側にいる、たえず多数派に属してものごとを見ていたんだなあと思った。」




今回の講演のあと、この本↓を読みました。

ぼくのじんせい―シゲルの場合 (ジュニア文学館)

丘 修三/ポプラ社

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<あとがきより>
 私は長い間、養護学校の教師をしておりました。養護学校というのは心のはたらきやからだに障害を持った子どもたちが通っている学校です。
 二十数年の教師生活で、私が直接担当した子どもの数は、わずかに百二十名ほどでしかありません。クラスの人数が少ないことや、おなじクラスを何年も続けて受け持ったりしたから、意外と少ないのです
 ところが、なくなった子どもたちの数は、大変多いのです。
 短い人生を、障害という重い荷物をせおって、かけぬけるように天国へ旅立った子どもたち。ひとりひとりの笑顔が、いまでも私のまぶたに焼きついています。



進行性筋ジストロフィーの病を背負ったぼく。

お父さんは家族を置いて家を出て行った。

残ったお母さんは仕事に、そしてぼくの世話に疲れ、いつも機嫌が悪い。

そして、妹も何も出来ないぼくを馬鹿にしたような態度を取る。

ぼくの体調も、そして回りの状況もも悪くなるばかり。

ぼくは何にすがって生きていけばいいのだろう。

しげるが語るように心の叫びや日常を綴ったお話。


重度の障害を持つしげるの話ですが、親としてこの話を読むと、う~んうちの子達にも通じるものがあるなあと思ってしまう、子どもの気持ちについて考えさせられるお話。

このお話にもモデルがあり、その生徒はこの物語に近い状況の中で生き、そして病気の進行により20歳で亡くなりました。この作品は、その青年への鎮魂歌のつもりで書かれたそうです。

丘さんの障害をテーマにした本にはもう一冊

口で歩く (おはなしプレゼント)

丘 修三/小峰書店

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もあり、「ぼくのじんせい」が丘作品の集大成と言われています。

しかし、もう一つやらなくてはいけないと考えていらっしゃったのが、戦時下での障害児の暮らしでした。

それについては、また次回ご紹介します。


上は、12月15日(木)久喜市総合文化会館で上映されます。

丘さんも仰っていました。

同じ校舎で共に生活することが、お互いの理解に繋がると。

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by yomuyomuehon | 2016-10-12 09:56 | 戦争と平和を考える | Comments(0)

6年生への読み聞かせ

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運動会が終わり、小学校は落ち着きを取り戻したかのような今日、二学期最初の朝の読み聞かせに行って来ました。

今回6年生に読んだのは、

さがしています (単行本絵本)

アーサー・ビナード/童心社

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ともだちのしるしだよ

カレン・リン・ウィリアムズ : カードラ・モハメッド/岩崎書店

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の二冊。

先日参加した読み聞かせ講演会で、ボランティアが子どもに読むべき本は楽しいものであるべきだと伺いました。

戦争を取り扱った本については、その1冊を読んだところで子どもに何が伝わるのでしょうか?それを読むあなたは戦争の事について話が出来ますか?・・・出来ないでしょう?と、厳しく指摘されてしまいました。

戦争の事、世界で起きていること・・・確かに私は全てを知らないし、知っているつもりの事でも、正しく説明が出来ないと思います。

だからと言って、戦争を扱った本を選ぶべきではないのか。。。。

夏だからと戦争の本を選ぶのはおかしい、だったら1年中、どこで読んでも良いじゃないの?とも・・・・それは確かに。。。。



朝なので、あまり暗い雰囲気にはしたくないというのは、ボランティアの中にある共通の思い。

私たちは何も考えずに、選んでいるわけではない。

上から目線で、子ども達に読んであげているわけでもない。

子ども達に伝えたい事があるからこそ、その一冊を選んでいます。

そして、それがこの二冊だったのです。


時間の関係で、「さがしています」の中からは3つを選びました。

14点あるなかで、3組の担当者それぞれが選んできた3つが全く同じ所だったのは驚きでした。


以前、この「さがしています」が出版されたばかりの頃、この本だいすきの会の例会で、私はこの本を紹介しました。

それを受けて、小松崎先生は年の暮れの集会の講演にアーサーさんを呼んでくださったのでした。

今回子ども達に読むために、この本を読み返してみて考えたのは、遺産が語る原爆の被害よりも、巻末でアーサーさんが仰っている「原爆」か「ピカドン」かという、解釈の違いについてでした。

人は立ち居地によって、解釈が異なります。

アーサーさんがアメリカで教わった原爆の正当性と、日本に来て、広島を訪れて知ったピカドン。

同じものなのに。。。。



5月、オバマ大統領が広島を訪れ、平和記念資料館に来館したことで、欧米からの来館者数はそれまでの倍になったそうです。

しかしながら、アジア諸国からの来館者数は増えていないとの事。

戦争を終わらせる為に原爆投下は正当だったと考えるアメリカ。

アジア諸国は自分たちが日本の被害者であると考えています。

日本は・・・

それぞれの立場により、原爆投下の意味は違うのです。

誰が悪いかではなくて、原爆は恐ろしい・・・本当に伝える事はその1点のはず。

平和祈念資料館が、政治利用される事なく、ただただ世界平和を願って広く世界の人々に知られる存在になる事を心から望みます。


世界には戦禍が絶えません。

自分の主張だけでなく、相手の立場に少しでも近づく事が出来たら、争そいは減るのでは無いか・・・そう考える私は、甘いのでしょうか?

ともだちのしるしだよ

カレン・リン・ウィリアムズ : カードラ・モハメッド/岩崎書店

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最近読んだ本↓

ダイヤモンドより平和がほしい―子ども兵士・ムリアの告白

後藤 健二/汐文社

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ルワンダの祈り―内戦を生きのびた家族の物語

後藤 健二/汐文社

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どちらも、小学高学年から。

かつての日本がそうであったように、今も世界の各地で、自分と同じくらいの子ども達が、とても辛い毎日を生きているという現実があります。

さて、見た目にとても大きくなった6年生は皆、どちらの本も真剣な眼差しで聞いてくれていました。


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by yomuyomuehon | 2016-09-26 11:45 | 戦争と平和を考える | Comments(0)