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絵本のおかあさん ehonkasan.exblog.jp

子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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2012年 01月 24日 ( 1 )



読んであげるなら 5、6歳~


(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

むかし、

しろうまだけどと いう けわしい 山の ふもとに、

もさく、みのきとちと いう、おやこの りょうしが すんでおった。

あるあきもふかい日のこと、もさくと みのきちは、

つれだって 山へ りょうに でかけた。

ところが どうしたことか、その日に かぎって えものが とれない。

あせって けものを おううちに、ずうんと 山ふかく

はいりこんでしまった。

と、とつぜん、あたりが きゅうに くらくなり、

ごうごうと 山を ゆすって、かぜが ふいてきた。

そのかぜの つめたいこと。人も 木も、そのまま

こおりつきそうであった。これは ゆきになるべと、

もさくと みのきちは、山ごやへ いそいだが、

そういうまにも ゆきは まいはじめ、みるみる

はげしい ふぶきと なったそうな。



 * * * * *


(以下、あらすじです)

やっとの事、山小屋へ着いた二人は、囲炉裏に火をつけた。

体が温まってくると、どっと疲れが出て、眠くなってきた。

年を取ったもさくは、ごろりと横になると、もういびきをかいて寝てしまった。

みのきちも横になるのだが、吹雪の音が気になって寝付かない。

寝たかと思えば覚め、またうとうとしている内に、戸がことりと開いて、吹雪と一緒に美しい女が入ってきた。

「だれだ」と叫ぼうとしたが声が出ない。そればかりか、体は石を置かれたように重く、動かない。

娘はみのきちには目もくれず、もさくの上に屈み込むと、ふうっと白い凍った息をかけた。

みのきちがもがいて叫ぼうとすると、女は振り返ってみのきちを見た。

娘の顔は透き通るように白く、唇だけが赤かった。

髪は濡れたように黒かったと。

「いま みたことえお、けっして 人にいってはいけませんに。

もし、いったときは おまえの いのちはない。

おまえが、あんまり ようすのいい わかものだから、

わたしは おまえが すきになったから、いま、いのちは とらないけれど・・・」


娘の姿は消え、開いた戸口から吹き込む粉雪だけが舞っていた。

みのきちは跳ね起きてもさくをゆずぶったが、既に息絶えていた。

親子二人の暮らしだったから、残されたみのきちにはさびしい暮らしが待っていた。

そうして、次の年の吹雪の晩の事だった。

吹雪の中を、美しい女が尋ねてきた。

道に迷って漸くここまで来たという。

娘があんまり疲れているふうなので、見かねて中へ入れたみのきち。

娘はやがてみのきちの嫁さんになった。

次々子供も生まれ、幸せな日が続いていた。

いい嫁さんだったが、不思議なことに暑いお天道様が嫌いで、昼間は決して外へ出なかった。

こうして何年か経ったある冬の日のこと。

外は吹雪、寝転んで嫁さんの顔を見ているうちに、父親を失った日の事がまざまざと浮かんできた。

そして、その事を嫁さんに話してしまった。

「だども ふしぎだなあ。おまえは あのときの、あの 女に そっくり にているでよ。

・・・・・あれは、もしかしたら、おら、ゆきおんなではねえかと。」


嫁さんは縫い物を捨てて、すっと立ち上がり、

「とうとう おまえは いいましたね。

けっして いってはいけないと いったのに。やくそくを やぶりましたね。

いまは もう、こどもたちも いるから、いのちは とらないけれど、

これど わたしたちは おわかれです。わたしあ あの とき、山ごやを おとずれた 女です。

おまえの いうとおり、ゆきおんなですに・・・」


そして・・・

*****

この本を、子ども達に初めて読んだ昨年の暮れ、雪こそ降らないけれど、風の強い寒い晩でした。

相当びびっていた、そうたです。

雪の晩に読んだら、尚一層このお話の怖さが引き立つのでしょうね(^^;)

息を吹きかけられ、死んでしまったもさくのシーンは、本当に怖いもの。

そして、「とうとう おまえは いいましたね。

けっして いってはいけないと いったのに。やくそくを やぶりましたね。」
の台詞はもっと怖い!

この台詞に、夫婦喧嘩をした時の、鬼の形相の奥さんを思い起こすパパもいるかもしれない!?な~んて思ったりもして・・・(^^)

「み~た~な~!」的ホラーの世界で終わらないのは、この後の台詞のせいでしょう。

「きつねにょうぼう」に通ずる、母としての切なさを感じました。



以前紹介した「きつねにょうぼう」はこちら → 

うっかり尻尾を出してしまったきつね女房と、みのきちの言葉を聞いてしまった雪女。

どちらも夫婦として仲むつまじく暮らし、子宝にも恵まれ、幸せの絶頂期だったにも係わらず、その幸せが一気に崩れ落ちる瞬間です。

どちらの話も、子供がいるからこその切なさ。

親になった今だからこそ、そう思えるのかもしれません。

朝倉摂さんの絵は、松谷さんの描く雪女のイメージにピッタリ!

どこか、憂いを秘めている感じ。

怖い女風ではありません。子供は、相当怖がっていましたけどね(^^;)

朝倉さんの絵は、美しくて簡潔で分かりやすい☆☆☆

日本画を学ばれていた朝倉さんだからか、この「ゆきおんな」という題材だからなのか、和紙みたいに滲む紙(何を使っていた分かりませんが、あくまで私の見た感じの印象です)に、ぼわーっと描かれた感じは、とっても日本的だし、雪国のお話っぽい。

「たつのこたろう」では、1970年からアメリカに渡ったという経験が見て取れます。

表面がでこぼこした洋紙に、西洋画の油絵風に厚く描かれています。

一見同じ朝倉さんの絵なのですが、両者を比べてみるとかなり違います。

両方に出てくる雪のシーンを比べてみてください。

*****

さて、夕べ雨の上に降った雪が、今朝は氷っていました。

幼稚園のバスは、路面凍結のため一時間遅れ。

雪だったら山で遊べたのにね~、残念!

・・・ならば、スケートしようっか~!と、外に出ました。

うちの側の公園の築山に目をやると・・・あれれ、まっ白。

「たいちーっ、ソリできるよ~っ!」

と、バスが来るまでの一時間、氷交じりの雪の上を、シュ――――ッ

雪よりも滑る!滑る!!怖いくらい滑る!!!

勢い付き過ぎて、フェンスに激突――――っ!!!

山の脇にあるゲートボール場も凍て付いているので、止まりません(^^;)

寒いし、こけたら痛いから、長ズボン履いた方がいいよ~!と何度言っても聞かないたいち。

私と一緒に滑った時に、クランクでバランスを崩して転倒。

やっぱり膝を擦りむいた。

しかし、面白さを知ったたいちは、ちょっと泣いて凹んだものの、その後もバスが来るまでソリ遊びに興じたのでした。

ここで、ぎゃーぎゃー泣かないのがたいち。

そうただったら、ぎゃーぎゃー、ぎゃーぎゃー泣いてます。

そう言えば、昨年凍りついた道や公園の水溜りを、「スケートーっ」と言って滑ったりくるくる廻ったりしていたたいち。

それを見た子どもたちが真似しようとしていたのを、ママ達は「やめなさいっ!危ないでしょ!!!」と止めていました。

そんな事を「危ない」って止めていたら、子供は益々不器用になります。

転んだって、いいじゃない?

擦りむいたって、いいじゃない?

親も一緒に楽しめば、いいじゃない?

そう考える私は、かなりマイナー派みたいですけど・・・(^^;)

この冬も、一度くらい大雪が降ってほしいなあ、そうしたらこの山で思いっきり遊べるんだけど☆

雪の日の昔話☆ゆきおんな_e0160269_14191220.jpg




最後まで読んでくださって、ありがとうございます。



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by yomuyomuehon | 2012-01-24 14:31 | 昔ばなし