「ロベルトのてがみ」
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読んであげるなら 6,7歳~
(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)
ロベルトのおとうさんとおかあさんは、子どもたちが生まれるまえに、メキシコからアメリカへやってきました。
ロベルトのかぞくは、カリフォルニアしゅうの小さな街のうらどおりにある、ふるぼけた家にすんでいました。
おとうさんとおかあさんは、いまも英語がはなせません。
スペイン語ではなします。
ですから、子どもたちもスペイン語しかしりませんでした。
ただ、学校へかよっているマルコだけが、もう三年生でしたので、英語を話すことができました。
ある日、ロベルトは、マルコとマリアにくっついて、きんじょのお店へいきました。
* * * * *
(以下、あらすじです)
自分のお小遣いを失くしてしまったロベルトは目の前の棒付きキャンデーを口の中に放り込み、お店のおじさんに怒鳴られたのですが、言葉が分かりません。
その夜、マルコがお父さんにスペイン語で店のおじさんに言われたことを話すと、ロベルトはお父さんに怒鳴られ、お風呂場に閉じ込められてしまいました。
最初、ドアを蹴ったり叩いたり、叫んだりしていたロベルトも、疲れてきて床に寝転びました。
すると、ロベルトの、甘いよだれを拭った手に蠅が止まり、くすぐったさに泣いていたことも忘れてしまいました。
ロベルトはまだそんなくらいの幼児なのです。
料理が上手でないお母さんの作る目玉焼き。
口の中に入れた途端にがりっ。
卵のからが触り、口の中のものを吐き出し、お皿をひっくり返したロベルト。
そんなロベルトをお母さんは笑うのを我慢しながら宥めます。
お母さんが仕事に出る時は隣のリタおばさんに預けられるのですが・・・・
妹のリタとあかちゃんだけは良いけど、ロベルトはムリ。
お腹が空いたら何か食べさせてやるから家においでと、外に追いやられるやんちゃなロベルト。
ある日の夕方、お父さんが帰って来ると、晩御飯の用意が全く出来てなくて、それに腹を立てたお父さんは、お母さんを追い出してしまったのです。
お母さんが居なくなってしまい、下の二人はおばあちゃんの家に預けられました。
ロベルトはフラフラして悪戯ばかりしていたので、近所の人がお巡りさんに通報。
そして子どもセンターに行く事になったのです。
言葉が分からず、知り合いの居ない生活が始まったのですが、やがて友達と遊ぶ楽しさを覚え、そして英語も少し分かるようになり、ロベルトは変わっていきました。
それから字を覚えたロベルトは、お母さんに手紙を書き・・・・
*****
ロベルトのやんちゃぶりはいかにも子どもらしいものなんですが、貧困の中、心に余裕に無い状態では、それを認めてあげれないのかもしれません。
ロベルトの住む地域は、いかにも貧困地区で、家はバラックです。
家のガラスは割れ、外にはゴミ箱が転がります。
かなり長い絵本なので、小さい子にはどうかな?って思います。
世界には色んな暮らしぶりの子どもがいるんだってことを知る上で、小学中学年以上にオススメです。
この本がアメリカで出版されたのは1967年ですが、今もあるアメリカの移民問題。
そして移民問題は世界各地で起きています。
どんな生活の中にあれ、親の子の関係、特に母と子の関係は密接で、涙なくしては読めないお話です。
さて、作家のエッソは、生涯の前半、貧困地区の救済活動に従事していたそうで、その頃出会った子どもたちが彼女の創作活動に影響しているようです。
エッツの父親は牧師であり医師でした。
子どもの頃から、奉仕することは当たり前の事だったのかもしれません。
訳者のこみやゆうさんは、
「特に本作は、時代や人種、文化や言語などを越えて、本来、子どもの生きる力は、どんな子にも備わっている、ということを私たちにおしえてくれます。」
エッツは、赤十字の仕事に従事し、世界各国で活躍されたそうです。
しかし、予防接種の摂取量を間違われ、一生、生涯をもった身体となってしまいました。
33歳で、それまでの奉仕活動で知り合い、長く友達関係だったエッツ博士と結婚したのですが、その時には子どもを産むことが出来ない身体となっていたのです。
子どもを持つ事のなかったエッツですが、彼女の作品には、子どもへの愛情とやわらかな眼差しを感じますね。
以前紹介した記事 → 「ジルベルトとかぜ」
ロン毛で、女の子と間違われていたtaichiが、「おとこのこになる!」と言って髪を切った頃にそっくりだったジルベルト。
以前紹介した記事 → 「もりのなか」
こちらも素敵!
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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