子どもが大きくなったって☆「おおきな木」
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先日、もうじきパパになるスイミングのコーチが1歳の子をあやしながら、その子のお母さんに聞いていた。
「こどもって、いくつぐらいが一番可愛いんですかね?」
いくつ位が一番可愛いか?
「それは愚問ですよ。」
そう言いたかったのだけど、隣で黙って聞いていた私。
客観的に他所の子を見た時、そりゃあ声変わりの始まったでっかい兄ちゃんより、人の顔を見てニコッとする位の、よだれ出ているような時期の小さな子が可愛いに決まっている。
かの清少納言も、「枕草子」で、うつくしきものは小さきものと述べている通り。
しかしながら、他人の子と違い、自分の子に関しては、「くそばばあ」呼ばわりされたって、声変わりしたって、髭が生えてきたって、多分(!)剥げ親父になったって、可愛いものなのだ。
そして、ふとこの本を思い出したのである。
読んであげるなら 6歳くらい~
(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)
むかし りんごのきが あって・・・・
かわいい ちびっこと なかよし。
まいにち ちびっこは やってきて
きのはを あつめ
かんむり こしらえ もりの おうさま きどり。
ちびっこは きのみきに よじのぼり
えだに ぶらさがり
りんごを たべる。
き と ちびっこは かくれんぼう。
あそびつかれて こかげで おひるね。
ちびっこは きが だいすき・・・
そう とても だいすき。
だから きも うれしかった。
けれども ときは ながれてゆく。
ちびっこは すこし おとなになり
* * * * *
(以下、あらすじです)
木と遊んでいた子どもは、大きくなると木を離れいった。
ある日大きく成長した子がひょっこり帰って来た。
そして、その子はお小遣いが欲しいと言ったのだが、木はお金なんて持っていない。
木は、りんごをもいで、街で売ったらどうだろう?提案した。
その子はりんごをすべてもいで、行ってしまった。
木はそれで嬉しかった。
それからまた、長い間男は来なかったのだが、またひょっこり現れる。
そして何かを要求するのだが、木はその時々に自分の身を削って男に尽くしてやるのだ。
*****
愛・・・ことに親の、子に対する愛は、与える事であり、無償の愛である。
自分の身を削り、木の葉を与え、果実を与え、枝を与え、幹を与え、すべてを与える、「おおきな木」の姿は、親の愛そのもの。
身を削り、与えるだけの行為は、犠牲を伴うようにも思えるが、親のこの愛は喜びであり、与えるよりも、むしろ逆に子に与えられる喜びの方が大きかったりするのだ。
それが分かるのは、やはり親となったからであって、この本は親であるからこそ、心に響くものである。
是非、コーチの赤ちゃんが誕生したら、この本をプレゼントしたいものだけど・・・子どもがある程度の年齢にならないと、この思いへの共感はないかもしれない。
*****
さて、明日は主人の半世紀を過ぎた誕生日である。
すっかりおっさんの主人の事も、義母は目に入れても痛くないほど、掛け替えの無い存在であるだろう。
それは、やはり私との関係よりも強いものだと、自分と子どもを考えると、思わざるを得ない。
そして、sohtaは今日の大会において、パパへのプレゼントをするから!という事前の約束を見事形にしてくれた(^^)
弁当は、「勝つために!カツ丼にしてくれ!」と、事前の気合もかなり入っていた。
しかしながら、相変わらず本番に弱すぎのtaichiは全く揮わなかったにも関わらず、うまいうまい!と自分のお弁当(青年男子量の大きさ)をあっという間に平らげ、sohtaのカツ丼弁当にまで手を出したらしい(^^;)
う~ん、食べる量は、ほんとオリンピック選手並みである。
大会が多いと、それも活躍できると、親も楽しいが、今朝も4時半起き。
最近体力的にも衰えを感じる今日この頃、休みの日の朝も早いと、ほんと身を削っている気がする(><)
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
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