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絵本のおかあさん ehonkasan.exblog.jp

子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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学校教育とは?☆「からすたろう」



読んであげるなら 5、6歳~


(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

ぼくたちが、むらの がっこうに あがった はじめての 日のこと、

男の子が ひとり いなくなって いました。その子は、きょうしつの

ゆかしたの くらい ところに かくれていました。

だれも、この子を しりませんでした。その子は、とても ちいさかったので、

ちびと よばれるように なりました。

この おかしな 男の子は、先生を こわがって、なにひとつ おぼえる

ことが できません。

―クラスの 子どもたちとも ちっとも ともだちに なりませんでした。

べんきょうの じかんには、ひとり ほっておかれました。

やすみじかんにも ひとり のけものに されていました。

いつも クラスの しっぽに ぽつんと くっついていました。

そのうち、ちびは やぶにらみの 目つきを するようになりました。

そうすれば みたくないものは みなくても すむからです。


 * * * * *


(以下、あらすじです)

やがてちびは退屈しなくても済む方法を見つけ出したました。

天井を眺め、友達の肩の継ぎ接ぎを観察。

窓は一年中色んなものを見せてくれました。

校庭では目を閉じ、色んな音を聞き、大抵の子が嫌いな虫を捕まえては観察し・・・

他所のクラスの子達は、ちびの事を「うすのろ」とか「とんま」と呼びました。

しかし、それでもちびは、来る日も来る日もとぼとぼと学校にやって来ました。

菜っ葉でくるんだ握り飯を持って。

雨の日や嵐の日は蓑に包まって。

こうして五年が経ち、六年生になった時、磯辺先生が担任になりました。

磯辺先生は、学校の裏の丘の上によく子どもたちを連れて行きました。

ちびが野葡萄や山芋のある所をよく知っているので、先生はご機嫌でした。

花壇作りする時も、ちびが花のことをよく知っているので、先生は感心しました。

先生はちびの白黒の絵や、ちびしか読めない習字も張り出しました。

時々先生は、ちびと二人だけで話をする事がありました。

しかし、その年の学芸会の舞台にちびが現れたときは、誰も自分の目を信じられませんでした。

「ありゃ、だれだい?」

「あの あほうが、あんなところで なにを するのかい?」


ちびは烏の鳴きまねをしたのです。

赤ちゃん烏、お母さん烏、お父さん烏、朝早くの烏の鳴き声、不幸があった時の鳴き声、烏がうれしい時楽しい時の鳴き声を。

誰の心も、ちびが毎日通ってくる遠い山の方に連れて行かれました。

磯辺先生は、ちびが何故出来るようになったかを説明しました。

日の出と共に家を出て、日没家に帰りつきながら、毎日毎日、六年ものあいだ・・・・。

僕たち皆は、その長い間ちびにどんなに辛くあたったかを思い出して泣きました。

*****

以下、1988年の水上勉さんの紹介文です。

「八島太郎さんは、アメリカに住んで、日本の心をうたいつづける画家である。

ぼくは『からすたろう』を読んで、稀有な作家だと思った。

遠い海の彼方の異国から、故郷に向けてさしだされた不思議な光りと人間誕生の歌がきこえてくる。

この“ちびの物語”は、もはや世界のえほんの古典だろう。

学歴重点主義の日本の教育界でも、その親たちにも、子供の心の美しさを考えてほしいと思う。」


ここに出てくる磯辺先生は、八島さんの恩師二人の思い出を合わせて作った人物。

子どもの人格形成に、小学校時代の先生はどんなに大きな存在であるか、理解している先生はどの位いるのでしょう?

八島さんは巻末でこの絵本を二人の恩師にささげると締めくくっておられます。

八島さんの人間形成に、この二人の恩師がどれ程の存在であったか想像するに及びません。

長男が小学校生活を送るようになって、つくづく自分が小学生だった30年以上前との違いを感じ、愕然とする事があります。

その30年前ですら、学校教育の場は色々言われ始めた頃でした。

「からすたろう」というタイトルは知っていましたが、図書館で見かけても手に取る事がありませんでした。

11月のこの本だいすきの会の例会で小松崎先生が読んでくださり、その内容に感動し、すぐに手に入れたのでした。

そう言えば、小松崎先生の小学校教諭時代の思い出話にも、磯辺先生とちびのような関係がありました。

先生はその時、「いつから学校は勉強だけ教えるようになっちゃったんでしょうねぇ。学校は人間を作る所だと思うんですけどねぇ」と仰っていました。

今回「からすたろう」を読んでくださった後、何も仰いませんでしたが、その時の言葉が蘇ってきました。

時代背景的に、今の子ども達には想像できないものがあるのかもしれません。

ひょっとしたら親世代も!?

でも、この話が訴えるものは時代を超えて、変わっていないように思います。

小松崎先生は、子どもの聞かせるお話には、言葉を知る・表現を知るものと、心を知る・感情を育てるものがあると仰っていました。

このお話はその後者ですね。

何のために本を読むか、子どもの聞かせるかを考えた時、どうしても学ぶ的要素を親は取り入れたくなります。

そして心を知る的絵本に於いても、最近の絵本は皆で仲良くしようね!順番を守ろうね的なお話が多いように感じます。

集団生活の場で、その存在を認められる事で初めて人は人間としての尊厳を見出せる気がします。

ちびの暮らしぶりからすると、偏見や差別といったものが当たり前だった時代が想像できますが、それは今の虐め問題と違うとは思えない。

皆と同じで無い事、ちょっと変わっていることが除け者にされる、そんな態度を取ってしまうのであれば、その態度こそが人間になりきれていない動物的行動だとしか思えません。

最近長男の周りで起きている事に、それでいいのか?と繰り返し聞くことがあります。

皆と同じ判断ではなく、自ら考え本質を見抜く力を身に付けて欲しいものだと思います。

「からすたろう」程心震える話には、滅多に出会うことは出来ないでしょう。

何故か、この本を年中の次男が甚く気に入って、毎晩読んでと持って来るので、最近では一番多く読んでいるお話です。


最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

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by yomuyomuehon | 2012-11-27 09:32 | 愛のある絵本