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絵本のおかあさん ehonkasan.exblog.jp

子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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あやちゃんのうまれたひ

23日は日曜日は、たいちの4歳の誕生日でした。

ディスニーランドにいきたい!

は、行く予定だった土曜日が雨。

延期になりました。

誕生日プレゼントは暫しお預けです。

ディズニーランドに行く事になる前、私が予定していた事がありました。

それは『ひがし東京・子どもの本と文化の集い』

「行って来ても良い?」

と、パパと子どもたちに聞くと、OK!という事で、両国までお出掛けさせてもらいました。


楽しみにしていたのが、浜田桂子さんのお話。

「絵本の子ども・地球の子ども」という題目でお話下さいました。


早くに両親を失くされたという浜田さん。

命に対する不信感があったそうです。

しかしお子さんを出産された時に、その不信感はひっくり返されました。

命は繋がっている!

私が生まれたことも、子どもが生まれたことも、人が生まれるってことは、奇跡的な廻りあわせなんだ。

命は一つとして、大事じゃないものはない。

そう思われたそうです。

お子さん二人を育てながら絵を描いていた頃、仲間に誘われて出掛けた、ある絵本画家との集い。

その方に浜田さんの絵を酷評された事で、気付かされた事。

それは自分が母親だって事。

それについては紛れも無い事実で、その画家さんに負けるはずが無い!

それについて書けばいいんだ!

そして生まれたのが、『あやちゃんのうまれたひ』です。


浜田さんの講演の前に、小学5年生の女の子が読み語りをしてくれました。

とっても可愛い声で(^^)

まるで、あやちゃんが話しているかのようでした。

三人の子どもの出産が折り重なるように頭の中を廻り、涙がこぼれました。

誕生日を迎えるたいちに読んであげるのにピッタリ!

あの本に浜田さんにサインを頂かなくちゃ!と、講演後すぐに受付に走ったのですが、既に売り切れ、ああ残念!

この絵本は1984年に出版されました。

それでも尚今読み継がれているのは、命を繋ぐという営みは、どんなに科学が進もうと、変わり無い事実だからでしょう。

そしてそれは、今ここに生きている全ての人が経験してきている事。

今浜田さんがお仲間と、日中韓平和絵本プロジェクトを進められている事は、既にここから繋がっていたんですね。



みんな、大切な命。


読んであげるなら 4、5 歳~


(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

「ねえ、ママ、もうじき あやちゃんの たんじょうびだよね」

「あ、ほんとうだ。あやちゃんも 6さいに なるわね」

「うまれたときね、ちっちゃかった?」

「そうよ、とっても。ママの おなかに はいってたんだもの」

「ね、ママ、かわいかった?」

「うん、とってもね。あやちゃんが うまれたときの おはなし してあげようか」

「うん、して、して」



 * * * * *

(以下、あらすじです)

初めて赤ちゃんが生まれるって分かった時、ママとっても嬉しかった。

生まれる日に印を付けてずっとまってたのよ。

でもその日もその次の日も、そのまた次の日も赤ちゃんは生まれなかったの。

パパもおばあちゃんもおじいちゃんも待ちきれなくってね。

皆で話し掛けたのよ。

「はやく生まれておいで」ってね。

予定日から2週間近く経った日の夜の事。

何だかお腹がごろんとして、小さな声が聞こえたの。

うまれるよって、赤ちゃんの声。

それでパパとおばあちゃんを起こしたの。

寒い寒い晩だった。

パパの運転する車に乗って病院へ行ったの。

一つだけ窓の明かりが着いていて、すぐ看護婦さんが出てきてくれたわ。

ママは、赤ちゃんを産むお部屋に入ったの。

そこはとても暖かくて、静かなお部屋だったわ。

* * * * *

たいちの誕生とは大分違うのですが、これを読んで、生まれた時の事を話してあげようと思いました。

入園してから話の理解度が大分増したようなので、今までとは全く違う反応だろうなと思いながら。


「たいちのうまれたひ」

結婚前、食生活の乱れとハードワークから、病気がちだった私。

指を挟んだり、脛を打ったり程度の痛みで気を失い、救急車で運ばれた事が3回もありました。

痛みに相当弱かったのです。

将来出産される時は、無痛分娩にした方が良いね!とお医者さんから言われていました。

何度検査しても原因不明だったのです。

そうたを身篭った時、その事をパパの妹の話すと、知り合いの先生を紹介してくれました。

そして無痛分娩をすることになったのです。

実家に近い成育医療センターで、そうたもたいちも生まれました。

救急医療センターなので、出来れば計画出産が良いと勧められたのですが、そうたの時は陣痛が来てからにしますと断りました。

しかしたいちの時は、義母にそうたを看てもらっていたので、計画出産を選びました。

出産予定は予定日の一週間前。

前日にパパとそうたに送ってもらい、入院。

子宮口が開いていたので、バルーンの必要は無いねという事で、その夜はなかなか寝れない病室のTVで「私の頭の中の消しゴム」を見ていました。

翌朝6時に部屋を移動。

周りに高い建物が無く、高層ビルの上階にあったので、東京タワーがよく見えた秋晴れの素晴らしい朝でした。

その時は、あんなに長い一日になるとは思いもせず・・・

計画出産だと、陣痛促進剤を使います。

子宮口が開いているのでそれで大丈夫との事が、陣痛だけが来て子宮口は開かず、麻酔をしてしまうと子宮口が開かなくなるので、それまでは頑張って!と、2分間隔にまでなっても、まだ開かない、頑張って!

ただ痛いまま10時間。

まだ時間が掛かりますと言われ、そうたを預けるため、一度実家に戻ったパパ。

夕方、今日はダメみたいだね、また明日にしようかと先生。

えーっ!!!うそでしょ~、(もう、ヘトヘトです~っ)

落胆していた所、

「先生、赤ちゃんが這って出来きてますっ!」

・・・とほとほと嫌になったんだろうたいちは、自ら出てきたのでありました。

この経験が本当に嫌だったので、もう無痛分娩はやめよう!と思い、多少の不安はあったのですが、ベビーちゃんは自然分娩にしたのです。

ベビーちゃんを産んだ時、陣痛で気を失う事はありませんでしたが、出産直後の血圧は30を切っていました。

でも横になっていたので、倒れる事はなく・・・出来るものですね。


たいちが夜中に「やめてーっ、やだーっ」と泣き叫ぶ事が多かった最近までずーっと、この出産時の経験があるのかなあと思っていました。

柴田愛子先生曰く、出産も、国によって時代によって様々。

要はその子が元気なら良いのよ!

その言葉に救われました。

そしてたいちは本当に元気です。少しシャイですけれど・・・(^^;)

自ら這って出てきたというのも、今考えるとたいちらしい。

* * * * *

浜田桂子さんは底辺に『命』というテーマを持ち続け、実に愛情たっぷりのお話をたくさん書かれています。

家族や兄妹、友達についてのお話が多いですね。

浜田 桂子
福音館書店
発売日:2008-04-30















浜田さんは都会的で品のある、とっても素敵な方でした。

言葉使いは美しく、声は優しく、笑顔も素敵な美人!

優しさだけでなく、芯の強さも感じる方でした。

作家さんのお話を直に聞くと、更にその絵本の裏側にあるものまで見えてきて、絵本と近くなった気がします。

快く行かせてくれた、パパや子供たちにも感謝です(^^)



最後まで読んでくださって、ありがとうございます。



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by yomuyomuehon | 2011-10-25 05:21 | 愛のある絵本