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子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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「塩田の運動会」

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今日は大分涼しく・・・と言うより肌寒いですが、例年ならば残暑厳しい時期です。

気温からは秋とは言えないこの時期に、多くの小学校で運動会が行われます。

スポーツの秋と言うならば、やはり10月になってからの運動会が理想です。

子ども達が通う小学校の運動会も、来週末に行われます。

連日、読み聞かせやPTA活動で小学校に行っているのですが、今時の音楽が、校庭から体育館から聞こえてきます。

sotaが一年生だった6年前は、それまでの幼稚園の運動会と全く異なるこの音楽ガンガン!の運動会に、驚きと新鮮さいっぱいでしたが、さすがに慣れて当たり前になりました。


最近の運動会はフェス化していると言われています。

テントにテーブル・・・学校に持ち込むものが多く、まるでフェス!?


この絵本に、自分が小学生だった頃のなつかしい運動会の姿を垣間見ました。


江戸時代から続く塩田が栄えた山口県防府市三田尻塩田。

昭和34年、政府は塩業整備臨時措置法によって、塩の需要と供給のバランスをとるため、多くの塩田を廃止。

その一つが三田尻塩田でした。


その跡地はやがて工業団地に生まれ変わります。

その前に、「この場所を皆の記憶に残そう」と、地域をあげて、この跡地で運動会を行うことになったのです。

大人も子どももこぞって参加するお祭りのような運動会。

それと交互に描かれるのが、古代から延々と続けてきた塩作りの営みです。


”お祭りのような運動会”

かつては稲刈りの後、10月の秋晴れの日に行われた運動会。

それは地域を挙げて、家族総出で、本当にお祭りのようなものでした。

このお話の中で、お昼に近所の人と酒を組み合って、酔いの回ったお父さんは、リレーでまさかのスピードダウン。

今の時代、非難囂々でしょう。

でも、学校行事とはいえ、かつての運動会は地域のお祭り・交流会というものだったのかもしれません。


さて、食卓に欠かせない塩ですが、何をお使いですか?

私が普段使うのは、醤油・酒・みりん・塩・酢・(砂糖少し)くらいなので、これだけは良いものを使います。

塩は海の精を使っています。ちょっとお高いですが・・・・(^^;)


ことばのしっぽ - 「こどもの詩」50周年精選集

読売新聞生活部(監修)/中央公論新社

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読売新聞家庭面の「子どもの詩」が50周年を迎え、本になりました。

子どもの詩って、飾らなくて、心のまんまで、輝いています。

楽しい詩、悲しい詩、全てが生き生きしていて、採れたての果物か野菜のようです。

選者は、山本和夫さん→川崎洋さん→長田弘さん→平田俊子さんと変わり、選者によって選ばれた作品にも変化が見られます。

平田さんは川崎さんの選び方に似ている気がします。

で、私は川崎洋さんの詩が好きなので、やはり川崎さんが選んだ子どもらしい詩に、笑ったり涙したり。。。。


その中で、運動会にちなんで「つなひき」を!

つなひきにはお母さんが 出ました

PTA会長の青かげさんは きいろ組です

顔を真っ赤にして 「ワッショイ」と 言っていました

おわったら手がくさかったです


青・黄・赤というコントラストに、最後の「手がくさかったです」

う~ん、最高です。

小学4年生の男の子の作品。


他にも素敵な詩がいっぱいです。

是非、ご覧になってください。



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by yomuyomuehon | 2017-09-06 17:23 | 秋の本 | Trackback | Comments(0)
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今年、小学一年生の教室前のトイレは殆どが和式です。

小学一年生にとって、この和式トイレが最初の難関かもしれませんね。

最近の幼稚園・保育園のトイレは洋式でしょうし、おうちのトイレもほとんどそうでしょう。

最近では自動で水が流れます、なんてお家も増えてきて・・・

小学校のトイレに入ると、流れていない。。。。なんて事もしばしば(^^;)

和式トイレだとう〇こ座りをするわけですが、このう〇こ座りが出来ない子も増えているようで、トイレの洋式化は、足腰の弱い子どもを作る事にもつながっているのかもしれません。


今日紹介するのは、そのトイレの話。

と言っても、和式か洋式かというレベルではなく、何でおしりを拭いていたかという話です。

私はとっても興味深く読みましたが、果たして今の子ども達にはピンと来るでしょうか?

おしりをふく話 (たくさんのふしぎ傑作集)

斎藤 たま/福音館書店

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小学3年生位~


今や紙で拭くのは当たり前?

日本ほどトイレ環境の進んだ国はないでしょうね。

私がかつて勤めていたTOTOの、1982年に始まったCM。

不思議系キャラクターの戸川純が「おしりだって、洗ってほしい。」と語るこのCMは、社会に大きな衝撃を与え、温水洗浄便座の普及に絶大な貢献をもたらしました。

ウォシュレットはお尻に問題を抱える人にとって救世主のような存在。

しかし!

ビデは、女性のそもそもの体の自浄作用を崩すもので、使わない方が良いみたいです。

そして。踏ん張りやすい和式トイレの方が、便秘になりにくいという意見もあるのです。

一昔前の洗浄便座には温風機能があり、洗った後は乾かすでしたが、今のものには温風機能が付いていないと思います。

紙で拭くが一般的。

その紙・・・今は当たり前のようにありますが、昔はどうだったのでしょう?

これは、お尻を何で拭いていたかを知る科学絵本なのです。

トイレットペーパーという石油製品が登場する前は、

ちし紙という新聞紙やボロ布から作ったものを使っていました。

私くらいおばさんならば、四角い紙が束になったものを知っているでしょう。

が、ボロ布?

それはもっと前の事かしら?(^^;)

更にその前は、新聞紙や障子紙をはがしたものを。

さらにその前は・・・

なんと、葉っぱや木だったのです。

中には、痛そう(^^;)と顔をしかめちゃうようなものもあります。

どんな葉っぱや木を使っていたのか、どう使っていたのか、是非読んでみてください。

お尻を拭くものだけじゃなく、一昔前の人たちは、自然のものを使い、不要になればまた自然に返すという、循環型の地球に優しい暮しをしていた事も分かります。

便利で清潔な暮しになった現在、それは良い事でもあり、一方で行き過ぎた暮しには反省をします。

昔、あちこちを潜っていた若い頃、外国の地方に行くと、???これってどう使う?トイレで固まることもしばしば。

トイレットペーパーなどはなく、水を貯めた桶とが置いてあるだけとか、ね(^^;)

温水洗浄便座は確かに素晴らしいけれど、洋式便器も当たり前だけれど、

便秘人口が増えた事と関係がないわけではないのかも?

一番は、トイレだけでなく、西洋化した便秘になりやすい食生活の変化が問題ですね。

その事もこの本に書かれていて、な~るほどね!と納得します。



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by yomuyomuehon | 2017-04-15 07:53 | 知る | Trackback | Comments(0)
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月曜日、taichiは予選でベストが出たものの・・・・

決勝では順位を落とし(><)随分とタイムも落とし・・・・

2種目どちらも4位に終わった。。。。。

まだまだ、ここぞって時に力を出し切れないというか、テンぱっちゃうやつです(^^;)

でも、

・・・という事は伸び代がいっぱいある!

そう思って待つとしましょう(^^)


そして、とうとう(水泳の選手クラスの)新クラス編成が行われ、

無事、sotaもtaichiも上のクラスに上がりました。

この半年の苦しさ、頑張りが実り、中学生になっても続ける事が出来、ホッとしたのですが、一方で上から落とされる子も居て・・・

厳しい実力の世界です。

sotaは、ここから上へは、個人でJOに出れなければ上がる事は出来ず、

そして結果が出なければ下のクラスに落とされる・・・つまり戦力外通告。

そんな片道切符を手にしたsota。

これからが本当に厳しい世界。

今までの二倍どころか、三倍も四倍も努力しなくてはならない。

テスト前だからとて、部活動のように練習がお休みにはならないし・・・

普段からコツコツ勉学にも励んで欲しいのですが・・・・(^^;)


23日の小学校の卒業式。

もっと泣いてしまうかな?と思っていましたが、それほどでもなく・・・

ただ、保護者代表挨拶をして下さったIさんの言葉に、6年前の震災を思い出し、そこではやはり涙が出ちゃいました。

この所、お別れ会に卒園卒業と立て続き、何だかもう涙の時期を過ぎてしまったのかもしれません。

それから、やはり小学校生活よりも、多くの力を注い出来たかもしれない水泳で、ほっとしたからかもしれません。

友達よりも頭一つ二つ分大きなsotaは、学生服を着ると、中学生にしか見れず、学生服に黄色い帽子を被って出掛けた朝・・・何だかとっても妙な格好でした。

全く洗わない上履き(・・・自分で洗う事ができるはずなので、私は手出しせず)は、めちゃくちゃ汚いので、中学校の上履きを履くという事で、準備していたはずなのに忘れていったsota。

パジャマ姿で追いかけたtaichiは追いつけず、駅で会った5年生のT君が持って行ってくれたとの事。

むき出しのまま27.5cmの靴を持って行ってくれたのですが、なんてでっかい靴なんだろう!?と思ったに違いない(^^;)

卒業式の入場ではちゃんと履いていたので、無事届けてくれたT君、ありがとう(^^)

卒業証書を授与されて席に戻ったsota。

座ったあたりでガタッ!バタッ!と大きな音。

え~(^^;)また何かやっちゃったぁ?

静粛な会場に響いたすごい音。

後で本人に聞いたところ、一礼するの忘れて、慌てて立ち上がったら、椅子をバーンと押しちゃって(^^;)だそうで・・・・・

最後までやってくれるわぁ。。。。。

式の後、5年生と先生方のアーチに見送られ、正門までやって来て、あちこちで始まった記念撮影。

先生と記念撮影し、そして同じ幼稚園出身の6名で撮ったらもう、

「腹減った~。もうだめ、早く帰ろう!」

「えーっ!!!!!いいの?もう帰っちゃって?友達と写真撮らないの?最後だよ」

「だってオレ腹へってんだもん!食べないと無理」

「本当に?呆れちゃうんですけど・・・・」

「だって、どーせ中学校で一緒だし!」

「えーっ、半分は別の小学校じゃん!」

冷めたヤツ。。。。。

でも、彼の小学校生活は、ほとんどが水泳生活なんだよね。

寂しいけれど、そうなんだな。

もう、この先の、そして夏のJOへ向けて、それも個人で出場する事、その1点集中みたい。

ただ、もうちょっと勉強はしなさい。


最近私が読んでいて、すすめていた本、sotaは読んだかな?

教育委員会の方の祝辞で上がった福沢諭吉の「学問のすすめ」について、この本はその学問のすすめから始まります。

増補改訂 日本という国 (よりみちパン!セ)

小熊 英二/イースト・プレス

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中学生以上向け


「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」

有名な言葉ですが、この先をご存知ですか?

卒業式でも紹介されました。

「されども、唯学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となる」

人間は平等だというけれど、実際はそうではない。勉強をするやつは成功して金持ちになり、勉強をしないやつは貧しい下人になる。だから勉強しなさい。と言う事です。

教育委員会の方は、勉強する事によって選択肢が広がると仰っていました。

常々、勉強しない息子達に私が言っている事(^^;)

ああ、ママがいつも言ってるなあ。。。。ってsotaも思ったか・な?

まあここまでは、子どもに勉学の大切さを伝えるにはありがちなお話。


しかし!

この本には、この福沢諭吉の学問のすすめは日本という国を強くする為だったとあるのです。

当時、世界では西洋によって侵略され、東洋の植民地化が進んでいました。

東洋は、平民は無教育にとどめ、支配者だけが知恵をもっている、身分制の国であり、

一方の西洋は、一般人も教育して心身を発達させ、自分の欲望を追求するために他人を蹴落としながら自由競争し、経済成長するの国でした。

このままで行くと、日本もこの波に飲まれかねない。

日本も西洋のように侵略する側にならなくてはならないと、福沢諭吉は説いたのだと、小熊さんは書いています。

その為に国民全員を義務教育化する必要があったのだと。

これはあくまで小熊さんの説なので、学問のすすめの解釈については鵜呑みにする事は出来ませんが、その後の(特に戦後の)日本の歩みについては、なるほどね~!

なんて他人事じゃないっ!!!

やっぱり日本ってまだアメリカの植民地?属国?だよなぁって、つくづく。。。。。

戦後の発展についても、他国の戦禍の上に成り立っていたわけで、一頃のような発展が望めないのは当たり前の事。

この本に書かれたアジアとの賠償問題には驚くばかりです。

講和会議では、侵略によって直接の被害を受けたアジア諸国の大半は賠償請求権を放棄しなかったし、そもそも中国や韓国は会議に招待すらされなかったのです。

アメリカの圧力によって、独立をものにし、各国との交渉を個別に進めました。

交渉は、日本をアジアの工業国にするというアメリカの戦略のもと、アジア諸国は請求権を放棄させられたり、経済援助や技術協力という日本経済の復興と日本企業のアジア進出を手助けするかたちで進められたのです。


政府は賠償問題が上がる度、既に戦後の賠償は済んでいると言うけれど、請求額と日本が実際に支払った額との差があまりに大きかった事に驚きます。

戦後の復興のために、頑張ってきた人たちがいる・・・でも、その影には日本がアメリカの庇護の下で踏み台にして来たアジアの人たちがいるわけで・・・・

小熊さんは最後にこう述べています。

「さあ、これで話はおしまいだ。これからの「日本という国」をどうするのがよいか、それは君自身が考えてほしい」

教育が国家戦略によるものだったのは戦前の話?

いやいや、今の時代も、政府の理想の日本人を作るために利用されていないとは言えないですね。

しかしながら、利用されない為の勉学でもあるわけで、何か一つの考えに動かされることなく、流される事なく、自分で取捨選択出来るようになって欲しいと思います。

机に向かうだけが勉強でもなく、乾いたスポンジのように何でも吸い取って欲しいな。



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by yomuyomuehon | 2017-03-25 08:59 | 知る | Trackback | Comments(2)
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300年まえから伝わる とびきりおいしいデザート

エミリー・ジェンキンス/あすなろ書房

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読んであげるなら 6歳くらい~

これは、ブルーベリーフールというデザートの作り方が、この300年の間にどう変化してきたか、そしてまたそれを作る人々が、人間関係がどう変化して来たかがわかる、美味しい絵本です(^^)

ブルーベリーフール・・・「フール」=つぶすで、ブラックベリーをつぶして、砂糖と生クリームを混ぜたものです。

4つの時代の4つの家族の物語が、1710年から現代まで、100年ずつを経て描かれています。


「300年前から伝わるとびきりおいしいデザート」の画像検索結果

↑は裏表紙です。

1710年はイギリスのライム

1810年はアメリカ、サウスカロライナ州、チャールストン。

1910年はアメリカ、マサチューセッツ州ボストン

2010年はアメリカ、カリフォルニア州サンディエゴ


300年くらい前、お母さんと女の子が野原で摘んだブラックベリーと牛の乳からしぼって作ったクリーム。

シャカシャカ、木の枝を束ねたもので泡立てて、ホイップクリームにするのに要した時間は15分。

井戸から汲んできた水で洗ったベリーを、布に包んでつぶし、種を取り除きます。

砂糖とクリームを、木のスプーンで混ぜ合わせ、出来上がったフールは、丘にある穴倉で冷やされます。

穴倉には藁が敷き詰められ、冬に出来た氷で冷やしてあります。

それを晩ご飯のあとのデザートとして、お父さん、お兄さん達に配ります。



200年くらい前、ベリーを作るのは、黒人の女の子とお母さん。

彼女達は奴隷です。

二人が農場の庭で積んだブラックベリー。

ミルクは近くの農場から荷車で運ばれてきたものです。

女の子が泡だて器で生クリームを作ります。所要時間は10分。

ベリーを洗うのは、同じく井戸から汲んできた水。

ブリキの濾し器にベリーを入れてスプーンの裏で押しつぶしながら種を取り除きます。

砂糖とホイップクリームを混ぜて出来上がり。

地下室にある木の箱が冷蔵庫です。

箱の内側には、鉛の板とコルクが貼られていて、氷で冷やしてあります。

そして農場主の晩ご飯のあとのデザートとして、女の子とお母さんはフールを配ります。


100年くらい前、市場で買った小さな木箱に入ったブラックベリー。

家の玄関前に配達された、ガラス瓶に入ったミルク。

お母さんは、作り方を料理本で調べます。

鉄の泡だて器はハンドルを回すと、ビュルーン。

所要時間は5分。

ベリーを洗うのは、台所の水道です。

濾し器にベリーを入れて指で押しつぶします。

砂糖とホイップクリームを混ぜ合わせるのはゴムベラです。

出来上がったものは、木で出来た冷蔵庫に入れます。

冷蔵庫は毎日届く氷で冷やしてあります。

晩ご飯のあと、家族揃ってブルーベリーフールを頂きます。


そして、最後は最近の話・・・

スーパーマーケットで買い物をするのは、男の子とお父さん。

二人は、紙の箱に入ったブラックベリーと低温殺菌された生クリームを買いました。

お父さんはインターネットで作り方を調べます。

男の子は電動泡だて器で生クリームを泡立てます。

ガーッ。

あっという間にホイップクリームの出来上がり。

水切りボウルに入れたベリーを水道で洗い、フープロで潰して、ざるに移し、シリコンのへらで押して種を取り除きます。

全てをヘラで混ぜ合わせて、冷蔵庫へ。

そこで玄関のチャイムが鳴って、友達家族がやって来て、大勢での食事会。

顔の色も家族構成もさまざまです。


同じものを作るのに、それもこんなに簡単なものを作るのに、大分変化しました。

とっても簡単になりました。

材料の仕入れに関しては、他人の手を介するようになりました。

人間関係はかなり変化しました。


これから先100年後、果たしてどんな作り方になっているのでしょう?

そして人間関係は・・・・

なんだかちょっと怖い気がします(^^;)


でも、一つだけ変化して無い事があるんです。

それは、子ども達が、お皿やボールに残ったブラックべりーフールをなめる事(^^)


あっ、もう一つありましたね。

それは300年経っても、この料理が愛されているという事。


それから4回の食事のメニューも書かれているのですが、それも美味しそうです。

これで日本料理版だったら、デザートは一体何になるのかしら?

300年前から食べられてきているデザートって、あるのかな?

私の実家では、食後のデザートは果物だったので、甘いものをいただく事はありませんでした。

でも、主人の実家では必ず甘いお菓子(和モノが多いかな)が・・・・



巻末で、作者は奴隷の親子についてきちんと説明出来なかったことを悔やんでいらっしゃいました。

ただ、この絵本の中では難しい気がします。

この絵本はその史実を踏まえながらも、それを教えるものではなく、楽しい絵本だと思うからです。

いつかそういう事を知った時、あああの絵本でそう言えば・・・なんて思い出す事があれば良いですね。


最近、奴隷に関して読んだ本がありました。

かなりショッキング(><)

真珠のドレスとちいさなココ―Slaaf Kindje Slaaf

ドルフ フェルルーン/主婦の友社

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マリーアが12歳の誕生日にもらった豪華プレゼント。

なかでもいちばん素敵なのは、ちいさな奴隷の少年だった―。

人を人と思わないこと、差別することの醜さと愚かさをうきぼりにする珠玉の本。

2006年ドイツ児童文学賞。2006年グスタフ・ハイネマン児童文学平和賞。


これが児童書なのかぁ。。。。。

白人が冷酷に、当たり前に、人を人として見ておらず、まるでただのモノのように扱う奴隷制度。

読んでいて、本当に気分が悪くなりました。

児童書であるこの本を、果たしていくつから手渡せるのか?

小学生にはちょっとねぇ。。。。。。

中学生以上かな。


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by yomuyomuehon | 2017-03-04 10:42 | たべものの絵本 | Trackback | Comments(0)

小学校サポート

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今朝は、小学校の地域サポートの方へ感謝の気持ちを伝える「ありがとう集会」がありました。

私は、母として、日々子ども達のサポートをして下さる地域の方々に感謝の意を表しなくてはならぬ立場ですが、図書ボランティア+読み聞かせの会のボランティアをしている立場上、来賓として出席させて頂きました。

体育館に入場し、子ども達を前にご挨拶。

一番前に座っている一年生の中には、昼読みで出会う顔がいっぱいで、目が合うとニコッ(^^)

見上げるようになってしまった長男6年生に比べ、一年生は可愛いこと。

市内で一番のマンモス校になったこの小学校、全校生徒が揃うと体育館がいっぱいになります。

そのまま残ってして来た図書ボランティアのお仕事は、在校生の母親のボランティアです。

週に1回のその場は、母親同士の意見交換の場所でもあり、一生懸命お仕事させて頂いておりますが、自分たちの為でもあります。

その他に、私も所属する読み聞かせの会、それから学校防犯推進員、地域安全ボランティア、子ども安全見守り隊、交通指導員、ビオトープや畑やグリーンカーテンを管理してくださっている自然ボランティア、給食センターの方々など等、我が子が登校していなくても、子ども達をサポートしてくださっている地域の方々は、60名以上いらっしゃいます。

月曜日の放課後には「ゆうゆうプラザ」と言って、子ども達が地域の方々にさまざまな事を習う放課後講座もあり、そこでも多くの地域の方が協力してくださっています。

何にも関わらない方針の保護者にとって、これらの方々は、これらの活動はどう映るのでしょう。

私もこうして携わることによって、子ども達が地域の色んな人に支えられて育っている事を知りました。

親は、自分が関わる事は出来なくても、そうやって子どもを支えてくれている方が居るという事を知っておかなくてはならないと思います。

まあ、私は好きでやっているんですけどね(^^;)


さて、図書室でボランティア作業をしていると、子どもにとって図書室ってこんな所なのかな?本を読め読めと言いながら、選ぶ時間もない、と環境の悪さに閉口します。

「あと二分で~す。〇〇さん急いで~・・・・あと1分で~す、はい終了!」

三分で3冊を選べ。

え~っ、ムリだよねぇ。選べないよねぇ(^^;)

あ~っ、もうこれで良いや!見ていると、大抵そんな事になっていますね。

本は、読めといわれて読めるものではない。

子どもが、「あっ、これ面白いかも!」そんな興味が持てるようにしていきたいのですが、なかなか難しい(><)

もしかしたら、もっと大きくなってから、読みたいと思うかもしれません。

でもね、読書は旅です。

それも図書室・図書館で借りたりすれば、お金の掛からない旅です。

壮大な冒険旅行だったり、時代を超えて、海を跨いで地球の裏側にひとっ飛び出来たり、誰かの心の中を覗くちょっぴり内緒の旅だったり、頭の中で、色んな体験が出来るのです。

それって、すごくない?

どうにか、少しでも楽しさを伝えるべく日々努力!


そんな私が、最近時間旅行したのはこの本で↓

雪つもりし朝 二・二六の人々

植松 三十里/KADOKAWA

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2.26事件とは、、「天皇親政」を目的とする「皇道派」と呼ばれる陸軍の青年将校らが「昭和維新の断行」を叫んで決起したクーデター。

政界などの指導者らは腐敗しているとして一掃し、体制改造で現状を打破することが狙いでした。

昭和11年2月26日、東京は30年ぶりの大雪でした。

歩兵第一・第三連隊、近衛歩兵第三連隊など約1500人の兵士が、当時の岡田啓介首相らを襲撃。

高橋是清・大蔵大臣や斎藤実内大臣らを殺害して首相官邸など東京中枢部を占拠した事件です。

これをきっかけとして、日本は太平洋戦争への道を歩む事になりました。

当時の日本は、中国に進出する一方で国際連盟。

国内では農村部が極端に疲弊し貧富の格差が拡大し、身売りをする女子も多かったようです。


*****

作家である「私」は、国立新美術館を訪れた。

そこで不思議な軍服姿の男を見かけたのだが、その姿はかき消えてしまう。

「私」は、美術館の建物が、一九三六年に起こった、大きな歴史上のクーデター事件である「二・二六事件」ゆかりであることに思いを馳せる。


帝都叛乱の二月二十六日、彼らはそれぞれの夜を過ごしていた……。

当時の首相だった岡田啓介。

侍従長だった鈴木貫太郎と妻のタカ、タカは幼き日の天皇と秩父宮の養育係だった。

昭和天皇の実弟・秩父宮。

吉田茂の娘であり湯河原で襲撃を受けた麻生和子。

陸軍の歩兵として反乱軍と同じ部隊にいた本多猪四郎。


五人それぞれの二・二六事件。

日本の平和に関わった彼らの「その後」は、この「二・二六事件」に始まる。

史実を題材にした連作短編集。

「身代わり」  義弟が身代わりになり命を落とした首相・岡田啓介は、やがて第二次大戦の終戦に尽力した。

「とどめ」  襲撃された鈴木貫太郎へのとどめを制止したのは、妻のタカだった。彼は終戦内閣の総理となる。

「夜汽車」  叛乱を起こした青年将校らが要と仰いだ秩父宮は、事件直後に弘前から夜汽車で上京した。

「富士山」  襲撃を受けながらも祖父を守った麻生和子は、父・吉田茂の講和条約を助ける存在に。

「逆襲」  何もわからず反乱軍と同じ部隊にいた本多猪四郎は、長い出兵を経て、「ゴジラ」の監督になった。

*****

結章ではまた国立新美術館のシーンに戻ります。

そこで作家に、「憲法をすぐに改正すべきだ、どこの国だってちゃんと戦える軍隊を持つのが普通だ」と会話するママたちの声が聞こえてきます。

その会話に違和感を覚えていると、

迷彩柄のパンツに旭日旗の刺繍の入ったジャンパーでブーツ姿の、5,6歳くらいの男の子が近づいてきました。

「何してるの?」

「コーヒー飲んで、考えごと」

「何、考えてたの?」

「戦争は、よくないなって」

「そうだね、戦争は駄目だよ」

「じゃあ、ママに、そう伝えてあげれば?」

「あんなの、ままじゃないよ」

「それに、戦争が駄目だって伝えるのは、あなたの仕事だよ」

「私の仕事って、何だか知ってるの?」

「知ってるよ。作家でしょ」


そうしていつの間にか消えていた男の子。

序章で見かけた将校は、未来を象徴する子どもに姿を変えて、警告しに来たに違いなかったと、男の子の声を飲み込んだのでした。

この本は史実に基づいたフィクションです。

戦争に進んだ経緯や憲法の事、もっと勉強しなくちゃね。

そう言えば、購入したのにまだ読んでなかったこちら↓を思い出しました(^^;)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ

加藤 陽子/朝日出版社

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復刻新装版 憲法と君たち

佐藤 功,木村 草太/時事通信社

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こちらは今日ありがとう集会で頂いたお花。

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先日の昔遊びサポートのお礼も頂きました。
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それにしても、時間のない小学校の時間割。

ああそれなのに、英語まで教科になるだなんて。。。。

先日見た新聞記事では、どこかの小学校では、朝の時間も減らし、休み時間も10分を5分にし、昼休みも大幅短縮して、どうにか授業時間を増やしたと、それをすごく努力したと自己評価している小学校教諭が載っていました。

子どもにとって休み時間や昼休みがどれ程大事か、分かってないなあ。

ギチギチギチギチそれ詰め込め、やれ詰め込めとやった所で、子どもの将来は明るいのか?

ものすごーく疑問です。

それを先程ラジオで尾木先生も仰っていました。

取り残される日本の教育 わが子のために親が知っておくべきこと (講談社+α新書)

尾木 直樹/講談社

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おかしいよね、この国の教育って。

うちの学校でもそんなことやられたら、ああきっと朝の読み聞かせは無駄!とか言われて無くなってしまうんでしょうね。

小学校での英語授業、絶対反対!

その時間で国語や社会(歴史)を!

そう願う親は少なくないと思うんだけどなあ。。。。。

まあ字が「云々」を「でんでん」と読んじゃう人が総理大臣だもんね。

国語、大事にしてないよなあ(><)

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シンドラーに救われた少年

レオン レイソン/河出書房新社

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小学高学年から読めるが、中学生くらいからが最適

平成28年度高等学校課題図書


小学校6年生の時に読んだ「アンネの日記」の記憶は忘れられない。

アンネの日記―完全版

アンネ・フランク/文藝春秋

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何の罪の無い同じ世代の女の子に襲い掛かった、理不尽極まりない悲劇に、長いこと暗いトンネルから抜け出せないでいた。

大人が読むよりも、子どもにはその悲惨さがもっと苦しく胸に突き刺さるに違いない。


そして、この

シンドラーに救われた少年

レオン レイソン/河出書房新社

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であるが、ホロコーストでの非人道的な残酷さや恐怖は、アンネの日記以上の、かなりのショックがある。

それでも、読まなくちゃいけないと思う。

これは事実なのだから。

学校でいくら、ユダヤ人が迫害を受けたと学んでも、どんな迫害を受けたのか、本当の話を聞かなくてはいけない。


さて、間もなく夏休みが終わるという時に、またしても少年たちのいたたまれない事件が起きた。

人を痛めつけるとはどういうことなのか?

ましてや殺してしまうまで・・・というのはどうしてなのか?

彼らは、想像力が乏しいとしか思えない。


私たちは、歴史から学ぶ事が多い。

学んで、考えて、より人間らしく生きる義務がある。

生き残りを掛けて戦うのは、動物だ。

思いやり、愛・・・それらが人間だけがもつ人間らしさではないだろうか。


オスカー・シンドラーによって救われた少年・・・作者のレオン・レイソンは、シンドラーを英雄と称えている。

英雄とは、「最悪の状況で、最善を為すすごく普通の人間」とレイソンは書いている。

ナチス党員だったシンドラーは、自分の命と財産を掛けて1000人以上のユダヤ人の命を救った。

ただ、ナチスによるホロコーストで犠牲となったユダヤ人は、少なくとも600万人以上とされている。

1000人以上と言っても、その何千倍もの人の命が奪われているのだから、レイソンの生存は奇跡としか言いようがない。

事実、レイソンはシンドラーのリストの一人であるが、そこにいたる過程は、幾つもの奇跡が重なったものだった。


果たして、戦後から75年以上を経た今、人間は人間らしくいきているだろうか?

世界各地に、まだ起こっているジェノサイド。

そして足元を見れば、少年殺害事件である。


教育によって、人間は人間らしくなるんだと思う。

それは机に向かったお勉強だけはなく、愛情を注ぐ人間教育も含まれるというか、そっちの方が大きい。

夏休み、ゲーム機を与えっぱなしにしてはいなかっただろうか?

子どもが日中をどう過ごしていたか、ある程度把握出来ていただろうか?

相手の痛みを知る、自分を大事に思う、親はそれを伝えていかなくてはならない。

経済的貧困が様々な問題を引き起こすと言われていて、昨今の日本でもこの問題は小さくない。

ただ、経済的に恵まれていても、心の貧困問題をも抱えている子も少なくはない。

お金では買えないものを与えるのも、親の役目ではないだろうか。

そして良本を薦めるのも、大人の役目だと思う。


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by yomuyomuehon | 2016-08-27 09:30 | 戦争と平和を考える | Trackback | Comments(2)

尺貫法

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土曜日のお昼、タンメンを食べたいという子どものリクエストに応え、作っていたところ、

「お腹が空いた~、まだ~?」と息子たち。

台所へやって来て、

「あっ!やる!やるーっ!!」と、言うので、バトンタッチ(^^)

と言っても、もう野菜を下茹でして、炒めて、味付けも終了していたので、

残りは麺を茹で、スープを作って・・・

ん~?でも・・・

子ども達がやるならば、そのまま付いてるスープのもとをのばせば良いかな(^^;)

と言うわけで、

「あとは、袋を見て作って!読めば分かるから!」

作業工程としては①~③まであったのだが、

①を読んで①をやろうとするので、

「ちょっと、まったーっ!最後まで読んでからやって」

この手順、数字の順に仕上げて行くと支障があるのだ(^^;)

①麺を茹でる
②添付のスープのもとをお湯でのばす
③炒めた野菜や肉をのせる

まあ、こんな感じ。

①だけ読んで麺を茹でちゃうと、②のお湯が沸くまでどうする?

既にのせる野菜は出来ているが、それを①②を終えてから気付くと!?

「レシピは最後まで読んでから、頭の中で手順を考えなくちゃ!」


そして、もう一つ問題が!

「ママーっ、250mlと1と1/4カップが合わなーい!」

私が使う1カップは1合なのだ。

よって180cc(ml)

「この1カップは1合で180mlだから、250mlにするにはどれくらい入れたら良いか、考えて入れて」


ふんふん、「合」というのはどこから来ているのか?

折りしも、七夕の日に逝去された永六輔さんが、かつて尺貫法復権運動をしていた事をラジオで聞いたのが3日前。

何ともタイムリーである。

「合」も、日本古来の計量法である尺貫法の、容積を表す単位。

升(しょう)(1.8リットル)の1/10の180mlが1合。

中国の漢の時代、長さの標準器であった黄鐘器を満たす水の二倍という事に由来するらしい。

ちょっと難しいね(^^;)


「物を測る単位として尺貫法とメートル法が並存していた明治時代以降。

計量法の改定により昭和34(1959)年からは尺貫法の使用が禁止され、メートル法の使用が義務付けられた。

これにより曲尺、鯨尺は公には使用できないこととなり、これに違反した場合には法律違反として処罰が課されることとなっていた。

昭和51(1976)年、知り合いの指物師から曲尺で仕事をして警察に呼び出された、という話を聞いた永さん。

この計量法の在り方に疑問に感じ政治家に相談するが改正は不可能と告げられる。

義憤を発した永さんは、自らのラジオ番組「誰かとどこかで」で尺貫法復権を提唱し、全国の職人衆に決起を呼びかけたほか、自ら尺貫法を使用し警察に自首するデモンストレーションや、曲尺鯨尺の密造密売、プロパガンダ芝居「計量法伝々」の全国公演などの形で尺貫法復権運動を大々的に展開した。

 その結果、法律自体の改定は行なわれなかったものの処罰は行なわれなくなってゆき、尺貫法の使用は黙認されるようになったという。」
(大永帝国書陵部より引用)


尺貫法で使われている単位は、その多くが中国由来の単位。


長さの単位「尺」は、親指から中指までの長さから来てるらしい。


なので、もともとの尺の長さは、18cm位だったそうなのだが、時代が進むとともに長くなっていき、明治時代に定められた尺貫法では、1尺が約30cm。


一方、ヤード・ポンド法のフィートは、フートという単位から来ていて、足のつま先からかかとまでの長さが元になっているらしい。


現在の1フート(フィート)は、約30cm。


これは・・・かなりの大男?


ちなみにうちの長男小6は27cm(^^;)


体由来の単位が、洋の東西でほぼ一致しているというのは面白い。


で、国際単位系がありながら、アメリカはメートルよりもフィート、マイルにヤードを使っている。


もう半世紀近く生きている私だって、メートルの方が分かる。


升とか反とか言われてもピン!とこない。


でも!でも!


日本文化が廃れる事への危惧を、永さんのこの尺貫法復権運動から、改めて考えた次第である。


いっすんぼうし (日本傑作絵本シリーズ)

いしい ももこ/福音館書店

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いっすんぼうしの「いっすん」が一寸という長さの単位であることを、果たしてどの位の子ども達が知っているのだろうか?

ちなみに「寸」も身体尺で、親指の幅らしいが、3cmとは何と太い(^^;)



白川静さんによると、

「寸」は、「又」と「一」を組み合わせた形。

「又」は指を伸ばした右手の形で、その下にそえた「一」は指一本と言う意味であろう。

手の指一本の幅の長さを「寸」という。この幅は短いので「わずか、少し」の意味になる。

とある。


指の幅というのは、「インチ」の由来と同じなのである。


もっともっとしっかり、日本人

永 六輔/日本放送出版協会

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の中の「職人達の将来」で、永さんはこう言っている。

日本の伝統工芸を支えるのは、軽量法で禁止され違反すると罰金も取られる曲尺と鯨尺が支えている。

計量法の改正も含め、職人さんたちが胸を張っていい仕事が出来る環境を作っていく、そんなお手伝いが出来ればいいなあと思っている。


また「かんなくずの教え」では、大好きなかんな屑から、「刃を研ぐ」事の大事さを伝えている。

刃は研ぐもの。

切るのはそれから。

心静かに研ぐ事がどれだけ大事か。

心静かにとがれた
鋭い切っ先の刃物がどれだけ美しく、やさしくあったかいものになるのか。


刃物を研ぐことによって、子ども達の人格も研ぎあげていきたい。

暮らしの中の刃物を見つめなおして欲しいと説いている。
 



平成10年、町村文部大臣が子ども達にナイフを持つなというメッセージを出した直後のメッセ―ジだった。


母親がこの刃物を持って台所に立つ音を、刃物は凶器と捉える子は聞いた事がないのではないか?

そんな気がする。

繋がっているんだよ。全てが。


本当に大事な事は何か?


それを気付かせてくれる一冊である。


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by yomuyomuehon | 2016-07-18 08:47 | 知る | Trackback | Comments(2)
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先日の、この本だいすき支部7月例会で話題になった昔話について。


昔話には、はっきりと良い人と悪い人が登場する、いわゆる「隣のじい型」という話があり、日本に限らず、西洋にもその形が見られます。 

イソップ寓話の「金の斧、銀の斧」とかがそうですね。

イソップ寓話集 (岩波文庫)

イソップ/岩波書店

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子どもが、この話の、欲張りな木こりに同情するという話が出ました。

それは、今の時代の子どもの典型的な姿なのかもしれません。

また、昔話絵本の絵が古くさくて、子どもが好まないという話も。。。。


6月の例会で紹介された、

松谷みよ子の本 (第3巻) 直樹とゆう子の物語

松谷 みよ子/講談社

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に載っている「死の国からのバトン」。

飼っていた猫がなぞの死を遂げる、公害を扱った児童文学です。

その中で、主人公の直樹が行ってはいけないという死者のいく山に、飼い猫ルウを探しに行きたいという場面があります。

それを止めたのは、直樹の祖先の直七少年。

直樹が足を踏み入れたあっちの世界でご先祖さまに会うのです。

直七は、直樹にこう言います。

「牛の洗い汁、七桶の飲まっしゃい。そうしたら、川をわたしてしんぜるわい。」



これは、「したきりすずめ」のお話に由来します。

したきりすずめ (むかしむかし絵本 16)

松谷 みよ子/ポプラ社

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日本昔話百選

稲田 浩二,稲田 和子/三省堂

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石井さんのは違いますが、『日本昔話百選』(稲田浩二・和子編)や松谷さんのは道を教えてもらう条件として、おじいさんは洗い汁を飲まされるのです。

したきりすずめ (日本傑作絵本シリーズ)

石井 桃子/福音館書店

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なぜ今、そんな事を言い出すのか?という直樹に対し、直七が言う台詞は、腑に落ちるものでした。

「牛洗いどんも馬洗いどんも、洗うてる牛や馬がにげたとあらば、山こえ谷こえて、たずねあるきもしたやろ。けれどなあ、人間、きょうという日が食うていけるか、腹すかしとる子どもの口に、ソバの餅ひと切れでもいれてやれるか、そういう苦しい暮らしのなかではな、すずめやの、ねこを追いかけて山こえ谷こえするもんは、自分らとはちがう人間に見えるのや。そやから洗い汁七桶飲まっしゃいと、いわずにはおれなかったのかもしれん・・・・・。」


確かに、したきりすずめのお話の中で、子どもは「うえーっ」と汚い思いしか無かったと思います。

大人は、何で?という疑問があったと思います。

あの話の中で、あの時代設定の中で、おじいさんは異色だったのです。

その日の食べものにも困る暮らし・・・・

と考えると、

子どもが、大して悪い事しているわけでもないのに・・・と感じる欲張りな木こりに同情するというのは、

主人公(正直者)と同化していないからだと思うのです。

昔話は、弱いもの小さいもの、正直なものに寛容な、それらを救う話が多く、そこに自分を重ねるからこそ伝わってきたのではないでしょうか?

豊かな時代を生きる現代の子どもたちは、枯渇するところがありませんね。

親など周りの大人は、転ばぬ先の杖を与えてはいないか?

そんな事も感じました。

そして、昔話は国語でもあり社会(歴史)でもあります。

言葉(日本語)を伝える意義の他に、史実を伝えるという意義があります。

言葉だけでは伝わらない子ども達に、絵で今は目にしないものの有り様を伝えてもいるのですが、

その絵は、やはり古きを感じるものであるべきです。

漫画っぽい絵では、雰囲気は伝わりません。

子どもが昔っぽい絵を好まないのであれば、語りだけにするのも良いかと思います。

子どもに語る 日本の昔話〈1〉

稲田 和子,筒井 悦子/こぐま社

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などは、一つのお話が短く、「子どもに語る」というタイトル通り、園児(年中くらい)からでも楽しめます。

何より、伝える側の大人が本当にその昔話を楽しんでいるか、そこが問題です。

楽しめないのであれば、それを無理に子どもに伝える必要はないのではないかと思います。

良さはけっして伝わりませんからね(^^;)

ただ、親として、子どもにどう日本語を、史実を伝えるか、そこを大事に思うか否か、今、それが問われている時なんだと思うのです。



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by yomuyomuehon | 2016-07-17 11:40 | 昔ばなし | Trackback | Comments(2)
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5月中旬からから、蚕を飼い始めた年長さん。

教室で飼っていたものが、脱皮して5齢になったとき(大体4cmくらいの幼虫)、それぞれが3匹ずつを持ち帰り、お世話する事になりました。

そもそも虫が大好きなhaneちゃん(^^;)

大人はウェーッ(><)って感じですが、とっても可愛がる・・・ペットのように・・・

蚕は病気に弱いようなので、お世話する時はよく手を洗わなくてはいけません。

ちゃんと先生の話を聞けているhaneちゃんは、お世話の仕方も手を洗う事もよくやっていたのですが、可愛がりすぎた?(^^;)・・・触りすぎ?

ある朝、そもそも小さかった一匹が、溶けてどろどろになっていました。

臭い、臭いと大騒ぎの息子達。

hane
ちゃんはどーん

触りすぎたんじゃない?とパパとママ。

それ以来、すっごく遊んでいたのを止めて、お世話するだけにしていたhaneちゃん。

一週間経ったころ、一匹が糸を吐き始めました。

大喜びで、トイレットペーパーの芯を半分に切った中に移して、わくわく

翌朝覗いてみると・・・黒っぽく張りのない姿になっていて、糸もあまり吐き出さないまま、死んでしまったのです。

またまたがっくりきたhaneちゃん。

お庭に埋めてあげて・・・

残るは一匹。

まだまだ桑の葉を食べています。

今度こそ!と注意深く観察。

そして糸を吐き出し、幼稚園に持って行って・・・

夕方お迎えの時に、どうした?繭作ってる?と聞くと、

やたらと早く帰りたがるhaneちゃん。

牛乳パックで作った蚕お世話ハウスを覗いてみると・・・あっ、死んでる。。。。


これにはかなり落ち込んでしまったhaneちゃん。

その日の夜から腕が痒いと言い出し、

翌朝、肘から手首にかけてブツブツ赤い発疹がびっしり(><)

木曜日の朝だったので、皮膚科はお休みで、昨日の金曜日に皮膚科へ連れて行ったのですが、

「最近、具合が悪かった事はあった?・・・ありません。


熱が出た事はない?・・・ありません。


何かでかぶれたかな?

そこに汗をかいて悪化したのか?

ストレスか?


ストレス・・・・おお、それじゃないか(^^;)

皆の蚕が次々と繭を作る中、三匹とも死んでしまったhaneちゃんの落ち込みようったら・・・

木曜日の朝、新たにもう一匹の蚕をもらっていて、それが金曜日の朝には繭を吐き始めていたので、ストレスも少しは改善されたのか、金曜日の朝は大分発疹も引いていたのですが・・・

明後日幼稚園に行ったとき、上手く繭が出来上がっていると良いのだけれど・・・(^^;)

今まで、これといって壁にぶち当たる事の無かったhaneちゃん。

今回は、頑張ってというか、ちゃんとお世話していたにも拘らず、結果が付いてこなくて・・・

「ちゃんとやってたのに・・・」というhaneちゃんの言葉が・・・う~切ない。


切ないと言えば、


野麦峠 (山本茂実の絵本)

山本 茂実/草土文化

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絵本版ではもう一冊、「野麦峠をこえて」というものがあり、佐藤忠良さんが描いていますが、図書館で借りるしかありません。


佐藤さんの絵の方が私は好きです。


戦前、岐阜飛騨地方の農家の娘たちが、家計を助けるために、野麦峠を越えての長野県の諏訪、岡谷の製糸工場へ働きに出ました。


吹雪の中を危険な峠雪道を越え、また劣悪な環境の元で命を削りながら、当時の富国強兵の国策において有力な貿易品であった生糸の生産を支えました。


悲しすぎるお話なので、haneちゃんに読むのはやめました。

歴史を学ぶ年齢になったら(6年生)、是非手にとって欲しいです。


蚕を飼うために読んで参考にしたのはこの絵本↓

ドキドキワクワク生き物飼育教室〈4〉かえるよ!カイコ

アトリエモレリ/リブリオ出版

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小学中学年以上向け

ところで、蚕が餌にする桑の葉

幼稚園の庭にあります。

それは、葉を蚕が食べる前に、桑の実(ドドメ)を子ども達が、「あま~い、おいしーっ♪」と好んで食べる、幼稚園の美味しい実の生る木の一つ。

他にも、ビワ・あんず・柿(渋柿もあります)・ぶどう・ミカン・金柑・梅・しいの実など、四季それぞれの美味しい木があります。

先の日曜日(父の日)は、幼稚園のお祭りでの保育参観で、リズムの後、子ども達は半被にねじり鉢巻姿で、荒馬踊りを、そして神輿に乗って練歩きました。

幼稚園に久々に行った兄ちゃん達は、haneちゃんの有志を見ることなく、園庭で遊んでいて、先生の目が無いのを良い事に、桑の木に飛びつき、両手いっぱいのドドメを堪能したようです(^^;)

久し振りにたべたその実に、「めちゃくちゃうまかった!」と、ニコニコ顔のsohtaとtaichiでした。



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by yomuyomuehon | 2016-06-25 08:42 | 知る | Trackback | Comments(4)
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鈴木喜代春児童文学選集〈8巻〉十三湖のばば

鈴木 喜代春/らくだ出版

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十三湖のばば (読み聞かせの本シリーズ)

鈴木 喜代春/らくだ出版

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読んであげるなら 7、8歳~


この本は、青森県津軽半島のある十三湖が舞台である。

腰切田といわれる深い泥田で、小作をして暮らすばば。

男子5人、女子6人の計11人をもうけるものの、不慮の事故や戦争で、次々と子どもを、そして夫も失ってしまう。

この話は、ばばが直面した死を描いたものである。



まずは田植えの最中に、赤児だった5番目の子トメを失くす。

田植えの時期は忙しく、赤児はエジコ(藁で編んだ桶みたいなもの)にくくり付け、ぬかるんでいない畦に置いておく。

田植えの最中に、赤児がどんなに泣いて呼んでも、乳を飲ませに戻る事はない。

なぜなら、田植え中は腰まで田んぼに浸かっていて上がれないし、いちいち上がっていては田植えが捗らないからだ。

昼飯時までそうやって放って置くしかない。


ある日、薄暗くなって田から上がると、そこにトメの姿が無かった。

上の子が負ぶって帰ったのだろうかと思い家に戻ってみたが、そこにもトメの姿は無い。

田んぼに戻って、村中の人びとが探してくれて・・・トメが見つかったのは、明け方だった。

トメは堰に挟まって死んでいた。


水から童子を守ってくれると言われる水虎さま。

ばばも5.6日前に一番初めに出来たきゅうりを備えたばかりだった。

それなのに・・・それなのに・・・水虎さまはトメを守ってはくれなかった。

ばばの苦しみや、その後の水虎さまを叩き、そして池に投げ捨てた気持ちは、同じ母親として、痛いほど伝わってくる。

しかし、祠から水虎さまが居なくなった、また子どもが連れて行かれると、村中が大騒ぎになって、田植えどころではなくなった。

こうなっては、ばばも水虎さまを元通りにしないわけに行かず・・・

元通りになった水虎さまを見て、みな安心したのだが、10日もして、すぐまた村の童子がせきに嵌って死んでしまったのだ。

この話が一つ目で、胸がきゅーっと締め付けられる思いがした。


しかし、その後の話は更に過酷で悲しくて・・・


二番目に死んだのは、長女で12歳(小6)のミチ。

朝から頭が痛いと起きて来ないミチを、忙しい時に怠けるな!と厳しい親父。

ばばは、親父に、ミチを必ずつれて来いと言われ、つい新しい着物を買ってやるから・・・と言ってしまった。

すると、よたよたしながらも起き上がったミチ。

ばばがミチを起こすと、熱がある。

しかし、ミチは着物と聞くと、さっさと仕事着に着替え田んぼに向かったのだ。

胸まで浸かって田植えをするミチ。

本当によく働く子だった。

昼飯時、ミチはいくら呼んでも上がって来ない。

放って置け!という親父。

ばばが近くまで行って呼んでも、ミチの返事はなく、動かない。

ばばが「死んでるみたいだ」と言っても、「死んだ真似してるだけだべ。根性わりい童子だ」と言って取り合わない親父。

ばばと長男の多助が畦まで上げてみると、ミチは本当に死んでいたのだ。

新しい着物欲しさに、熱がある身を押して田植えに向かったミチ。

なんともやりきれない。


そして三番目に死んだのが、次男で14歳の忠次郎。

ちょっとでも雨が降れば、また北西の風が吹けば、すっかり水に浸かってしまう苗や稲。

そのくせ、雨が降らないときはすっかり干上がってしまう。

そうならないように水車を回すしかないのだけれど、夜、水車を踏みに行くのだ。

朝早くから腰まで埋まって田植えをしている身体はくたくただ。

寝ぼけ眼で水車を踏む。

その内、忠次郎は落ちて水車に巻き込まれた。

何かが絡まったみたいになってびっくりした親父は「ねぼけるでねえ。」と怒鳴って水車を踏んだ。

その間、忠治郎は水車の下でもがいていた。

気がつかない親父は、そのまま寝ぼけて水車を踏み続けた。

こうして、自分の子を自分で殺してしまったのだ。

こんな事があっても、生きていくには、また別の子が水車を踏まなくてはならない。


その後も、食糧難の中、毒のある木の実を食べて死んだ五男兵五郎、7歳。

次は夫で44歳だった。

そして大洪水の中、稲島を守るために出て行って溺れ死んだ長男多助24歳。

生まれてからすぐに死んでしまった子や、

飢饉の時に上方の工場に働きに行ったきり、どこでどうしているか分からない子もいた。

折角大きく育った三男勇三24歳も、後に四男四郎20歳も戦争に取られ、骨になって戻って来た。



10歳を過ぎれば、一人前の働き手だった時代。

彼の地の農作業は信じられないほど過酷であった。

そして、これらは今からたった3代ほど前の実話だという事に驚く。

歴史を語る時、例えば今流行りの真田の事など、戦国時代の話はそこに生と死があっても、すごく遠い時代の話であるゆえか、「ロマン」と言う冠語も付いたりする。

読み物の中でも格好良く表現されている。

一方、十三湖のばばなどは、ついこの前の話であり、非常に正確な歴史であるが、こういう農民の暮らしは、特に子ども達にはあまり知られていないだろう。

現代史は短い期間にボリュームがあり過ぎるせいか、学びきれていない気がする。


この本は、青森県出身で。千葉県の元小・中学校教諭鈴木喜代春さんが、津軽地方の言葉で描かれた物。

方言なので、子どもには難しいところもあるかもしれないが、ばばが語っているままに口語で書かれているので、何となく分かるのではないかと思う。

是非、今を生きる子ども達に、ちょっと前の子ども達がどんな暮らしをしてきたか、この本を読んで知ってもらいたいと思う。

語りだから、本当は語ってもらって聞くのが一番ではある。


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by yomuyomuehon | 2016-05-30 16:09 | 知る | Trackback | Comments(2)