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子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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日曜日、スイミングの仲間家族10組ほどと、公園でBBQをしました。

子ども達は目の前の池で水遊びに興じ、小さな子たちはカエルやザリガニを捕まえるのに夢中。

カエル好きのhaneちゃんだって、もちろん!

ねらいは、足の生えているおたまじゃくし。

すばしっこくて、なかなか捕まえられないのだとか(^^;)素手でしたし・・・

ペットボトルに入れて持ち帰ったカエルは早速に庭に離し、足の生えているおたまじゃくしは飼育ケースへ。


そして、車の中で一悶着。

死んじゃうから可哀想だという、パパ。

えーっ!何言ってんの!?

虫獲って、それが死んじゃったとしても、それは子どもの成長に欠かせないこと!という私。

それがゆくゆくは、自然破壊に繋がるんだ!とパパ。

バッカじゃないのっ!子どもが獲るザリガニやカエル程度で自然破壊になるわけ無いじゃん!

そうやって命を大事にしない考え方が、自然破壊綱がるって言ってんだよ!

虫も触れない、殺したことがない子の将来の方がよっぽど心配ですっ!自分だって、子どもの時にカエル爆弾とかやったって言ってなかったっけ?

持って帰っても世話しないだろうがっ。

自分だって、ちゃんと世話した?それで、死んじゃった。。。。って経験することも大事ですっ!

どんな小さい虫だって、命があるんだぞっ!

養老孟司だって、虫取りは子どもに必要だって言ってますっ!

ああだ、こうだ、喧々諤々・・・・・・・


全く、時々呆れたことをいうパパです。

しかし、全くそんなことには耳を傾けず、虫取りに精を出すhaneちゃんです。

そのhaneちゃんが最近熱心に読んでいたのが、

にんじゃあまがえる (しぜんにタッチ!)

榎本 功/ひさかたチャイルド

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読んであげるなら 4,5歳~

と、


読んであげるなら 4,5歳~
こちらは読み聞かせより、自分で見る向き(小学1,2年生~)


にんじゃあまがえる (しぜんにタッチ!)

榎本 功/ひさかたチャイルド

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は、先日昼の読み聞かせでも使いました。

『にんじゃ』と言うだけあって、

せっしゃは にんじゃ あまがえるで ござる。
きょうは われわれ あまがえるの すごい じゅつを たくさん みせるで ござる。

と始まり、

忍法 葉っぱ隠れの術
忍法 色変わりの術
忍法 カエル跳びの術
忍法 くっつきの術 
忍法 水かきの術

等など、驚くべきカエルの技を次々に披露しています。

くっつきの術に、子ども達は、おおーっ!と感嘆とも驚嘆とも分からぬ興奮。


昨年幼稚園で獲ってきた30匹ほどのカエル。

この春も2匹ほどが鳴いていましたが、最近その声は聞かれず。

どうしたんだろうねぇ?とhaneちゃんに聞くと、

「きっと けっこんしちゃったんだよ」と。

それも、この本で知ったようです(^^)


の表紙のカエルの後ろ姿・・・なんとも愛らしい?

いやあ、人間にも通ずる後ろ姿じゃないですか(^^;)

えっ?あなたはアズマヒキガエルかも、ですって?

おほほっ(^^)


オタマジャクシがどんなカエルになるか?

親子合わせあみだくじのページがあります。

それを見てからかしら?最近haneちゃんはあみだくじにはまっています。

正面から見たカエルの顔も、種類によってかなり違います。

こうして比べてみるとかなり面白い。

あなたはどのカエルがお好みでしょう?

それにしても、カエルのカエル泳ぎ(足の掻き)はすばらしい!


今朝の朝日新聞に載っていた 「正体は? NY州立大、世界の新種10傑」

ニューヨーク州立大の国際生物種探査研究所が2017年の「世界の新種トップ10」を公表。

世界の研究者による選考委員会が、前年に報告された約1万8千の新種の中から、風変わりな特徴や希少性を考慮して選んだとされる中の四種の写真が載っていました。

ハリー・ポッターの魔法の帽子のようなクモは2ミリ以下で、インドで発見されたそうです。ハリー・ポッターに登場する魔法使いの名前にちなみ、「エリオビクシア・グリフィンドリ」と名付けられたんですって。

でも、

「10年間で約20万種の新種が見つかったが、それよりも速いペースで絶滅が進んでいる」のだそうですよ。


ゲームの中のバーチャルな虫や、図鑑の中の触れない虫の名前をたくさん覚えるよりも、実際に探して捕まえて、その命の重さを、美しさを生で感じる事がどれほど子どもにとって大切か、考えてみませんか?


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# by yomuyomuehon | 2017-06-28 10:17 | 虫の本 | Trackback | Comments(0)
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昨日、水泳練習がお休みだったtaichiは、幼稚園からの友だちや小学校に入ってずっと仲良しの友だちと連れだって、魚獲りやザリガニ釣りに興じたらしい。

練習がないととことん遊ぶ彼は、7時近くなっても帰らない。

やっと帰って来た彼の臭いこと!

「ママーっ、川に落ちたーっ!」

川?どぶじゃないのかね?

彼はざりがにと同じ臭いがした。

とにかくお風呂に入って!服も洗ってね!

洗濯板を持ち出し、お風呂で洗濯、そして入浴するtaichiは鼻歌交じり。

かなりすっきり遊んできたようだ。

最近、夜の水泳練習を考えると、あそびに行くのを躊躇するtaichi。

やはり子どもは遊ばなきゃあかん!

全身使って(浸かって?)とことん遊ばなきゃね。


先日、幼稚園の同窓会に行ったhaneちゃんも、先生や男友達と連れだってザリ釣りに興じた。

そして途中小川に飛び込んで全身びしょ濡れになった。

まだまだしばらくこれが出来る子どもで居て欲しい。


今朝の朝日新聞の「声」に、小4の妹が脱毛したいと泣く姿に驚く中学生の兄の投書があった。

最近小学生をJKと呼ぶそうで、小学生向けのファッション雑誌もあるそうだ。

そんなに急いで大人にならなくても良いのに・・・

今でなけりゃ出来ないこと、いっぱいあるのに、もったいない。

大人は、子どもが子どもで居られる時期を大事にしてあげる義務があると思う。


ところで、うちの小学校はチャイムが鳴らない。

それを、自分で考えて行動できるようになる!良いことだと思っていた。

が、最近これは違うのではないかと思うのだ。

昼休みは、給食後、掃除が始まる前の1時5分から1時30分。

読み聞かせは、1時25分に終えるようにしている。

先生から5分前の時間を言い渡されている子ども達(1.2年生)は、昼休みを25分までだと思っている。

さらに5分前行動が身についている(?)ために、1時20分に帰るのだ。

読み聞かせをする教室は1年生のいる校舎から離れているために、1年生が大勢やってくるのは10分近い

だから実質10分しかないことになる。

時間を説明しても、先生の言うことが絶対な低学年にとって、おばちゃんの話は信用できるものではない(^^;)

それでもお話が途中で、面白いと思う子は残る。

が、問題は、そこの部屋を掃除する2年生。

なんと、20分頃から掃除を始めようとする。

そして聞いている子達を追い出す。

が、最期まで読む私。

掃除にやって来た子が座り込んで聞く・・・変なことになってしまっている。


時間を気にして行動する事は確かに大事かも知れない。

でも、時間ばかりを気にしてしまって、その時間を十分楽しめないのは悲しすぎる。

子ども3人育ててきて、小学校という場で様々なボランティアをして、いろんな子どもの本を読んで、最近思うのは、もっと子どもに無駄な時間を過ごさせてあげるべきだということ。

時間ばかり気にして、空気ばかり読んで生きる事の息苦しさである。

早く、○○しなさい。早く、早く・・・

何度その言葉を発して来たことだろう。

最近思い出すのは、小学生の時の夏休み。

すご~く長い時間に感じられたなって思う。

今は一週間さえあっという間に終わってしまうのだけれど・・・・

そうそう、子どもの時間はゆったり流れている。

だから、ぼーっとしているんだと思う(^^;)

だから、無駄だと思う時間を、大人から見たら本当に無駄に過ごしているんだと思う。

いっぱいあるからね。

でも、最近の子ども達はどうだろう?

無駄な時間を過ごしているだろうか?


小学校の図書室で、”時の記念日”の企画で”時の本”として紹介した中の一冊。

(以下、あらすじです)

大都会の外れにある円形劇場跡に暮らす浮浪児の女の子モモ。

皆はモモに優しく、そしてモモは皆を幸せにするというふしぎな力を持つ。

あるとき、心豊かな暮らしをしていた人々のもとに、灰色の男たちなる不気味な集団が入ってくる。

彼らは人間の時間を盗む時間泥棒。

彼らにそそのかされた人々は、良い暮らしを求め、せかせか暮らすようになる。

見せかけの繁栄とは裏腹に、人々の心は荒んでいく。

やがてモモの元にはだれも来なくなった。

モモは時間を司るふしぎな老人の力を借りて、灰色の男たちと対峙し、人々の時間を取り戻す。


これは、効率優先の現代社会に対する痛烈な風刺である。

モモのふしぎな力・・・魔法が使えるわけではない。ただ、黙って注意深く話を聞く事。

”しゃべっている内に自分が間違っていたこと気付く。いや、おれはおれなんだ、世界中の人間の中で、俺という人間はひとりしかいない、だからおれはおれなりに、この世でたいせつな存在なんだ。
こういうふうにモモは人の話が聞けたのです!”

この本↓に通じる

最近、偶然が重なって必然となる、って事をつくづく感じる。


 ”時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。
 なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。”


子どもの無駄と思える時間を大事にするという事に気付くべき大人は、育児書よりも良質な児童書を読むべきではないかと思う。 


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# by yomuyomuehon | 2017-06-23 12:00 | 童話 高学年向け | Trackback | Comments(2)
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昨日は父の日でしたね。

世のお父さん方は、どんな日を過ごしたのでしょう?

うちは昨日もまたもや水泳大会でした。

パパにとって一番のプレゼントは、息子達の活躍。

さてさて、どうだったか。。。。。


朝イチであったtaichiのメドレーリレーは、すでにJOタイムを切っているので、問題はタイムです。

そして・・・

taichiくん、見事大台突破!

個人に期待が掛かります。

何しろ、2週間前の大会で、あと0.5秒まで来ていたので、昨日は個人でのJO出場が掛かる大一番。

そして・・・午後イチのブレスト個人では、あと0.23秒というところまで来ました。

普通はリレーの方が、引き継ぎの関係でタイムが速くなるのですが、taichiには全く関係ないみたい(^^;)

JO予選はあと二回。

しかしその内一回は長水路(50mプール)なので、スタートとターンを得意とするtaichi(泳ぎはまだまだ(^^;))は苦手。

が、今頑張らずにいつ頑張る!?

やるっきゃない!

そして私は、黙って見守るしかない!

(う~ん、出来るかな?・・・・)


思い起こせば、一年少し前の4月。

同期がみな上のクラスに上がる中、一人だけまさかの残留(><)

その後もめっきりタイムは縮まらず。。。。

腐る日々が続きました。

一方のsotaは乗ってきて、それでもtaichiは全くだめで。。。。

それが今年の3月。

急に泳ぎが変わって、タイムも伸びて、この3ヶ月で3秒も縮まったのです。

が、一方が良くなると一方は悪くなり・・・どうしたものか?

sotaは全くのスランプ。

というか、練習の手抜き状態が続き・・・・

本人曰く、中学生になると、色々悩みがあるんだとか。

しかし、スクールもコーチも、そんな個人の事情なんて待ってくれません。

不用となれば、即首勧告が。

それは2週間前の事。

かなりひどくコーチに怒られたのでした。

こっそり覗き見している、担任の先生とのやりとり日誌に、その大会の日に書いてあったのが、

「今日は何もやる事がなかったので、のんびり過ごせました」

私は、この言葉にどれほどショックだったことか。。。。

もう引退だなぁと父も母も、この先の事を冷静に考えようとsotaに色々案を出しました。

しかし、sotaはこの次の日から練習に対する態度が変わったようです。

そして最近あまり触れずにいた水泳のことが、毎日のように先生との日誌に書かれています。

「今日の練習はよく出来ました」とか

「今日はすごくきつかったけど、がんばりました」とか。

そして涙が出ちゃったのが、

「僕のあこがれの水泳選手は松田選手です。僕は松田選手のようになりたいです」

昨日、sotaはフリーリレーしかエントリーされず。

しかしそのリレーでは調子が戻ってきて、今後に少しは繋がった、かな?

細い細い一本綱を渡っているような感じです。

よろけて落ちそうになっては、どうにか持ちこたえ、危うく足を滑らせて落ちたと思いきや片手で綱を握り、歯を食いしばって上に上がる。。。。そんな状態です。

もうだめか。。。と思った親より、子どもは強く育っているのかも。

珍しく、二人が頑張った昨日。

父の日の良いプレゼントをもらったと喜んでいたパパです。

家族に対しては、いつも偉そうにビックマウスのtaichiですが、昨日の帰り道、

私「今日は何の日だっけ?」

taishi「ああ、父の日ね」

私「プレゼント出来たね」

taichi「う~ん、どうかなぁ。。。。」

と神妙。

昨日は、JOタイムを切る気満々だったので、本人は納得いかなかったみたいです。

それよりも、いよいよマジモードに入ったから、かしら?


ただ、水泳だけ頑張っても、なあ。。。。

またまた今週末は、中学の期末試験です。

勉強もしてくれないと、ね(^^;)

先生との日誌の漢字間違えが多すぎて(><)


そして今週は中学のオープン参観授業。

朝は小学校の読み聞かせに続き、打ち合わせがあったので、三時間目から見に行こうと中学校の門を開けると、やや車無し!?

昇降口に行ってみると、見事に一つも親の靴無し。

あらら~(^^;)

これで一人教室に入っていくと、ちゅうもーく!状態になってしまい、きっとsotaは嫌な顔するだろうな。。。。。

って事で昇降口にて退散。

明日は一時間目(美術)と二時間目(国語)ちょっとを見れるんだけどなあ・・・ダメかしら。


読んであげるなら 6歳~
自分で読むなら一年生~

メアリィ=ジョーは一年生。

一年生のクラスでは、毎朝誰かが自分の宝物の話をすることになっていました。

皆のように、メアリィ=ジョーもクラスの皆に宝物の話をしようとしますが、恥ずかしくてどうしても出来ません。

その内、話をしていないのはメアリィ=ジョーだけになってしまい、何を話したら良いかも決まらず・・・

その時、ふと気付いたこと!

それは、ある素敵な”たからもの”のことでした。

*****

この本をこの機に紹介したわけは・・・(^^)

とても素敵なラストです。

まさかこんな展開とはね。


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# by yomuyomuehon | 2017-06-19 22:12 | 童話 低学年向け | Trackback | Comments(2)
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「偶然が重なって必然になる事が、人生の積み重ね」と小澤俊夫さんがこの本↓の白雪姫の考察の中で述べています。

ろばの子―昔話からのメッセージ

小澤 俊夫/小澤昔ばなし研究所

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この所、グリムの童話(創作のアンデルセンと・・・昔話のグリムを、どちらも「童話」と呼ぶことに違和感がある。。。)を勉強していて、改めて反省していることがあります。

かつて昔話のお話会を主催したときに、昔話が言わんとしていることの一つに、

「子どもの育て方ではなく育ち方」があるとお話してきました。

昔話を伝えてきた年寄り達は、たくさんの子どもの成長を見てきて、「あわてることはないよ。成長にはそれぞれ熟す時があるもんだよ」と教えてくれている。

正直であることや勤勉であることを語る昔話ばかりでなく、若者が変化し、成長する姿を語っている昔話もたくさんあって、大人はそこから学ぶこと、子どもは勇気づけられる事がある、と。


そして平行して読んでいた

と、

子どもを信じること

田中 茂樹/大隅書店

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これはまさに偶然が重なった必然だと感じます。


「みかづき」は昭和36年、千葉の習志野にある小学校で、小学校用務員の大島吾郎と、勉強を教えていた児童の母親である赤坂千明が出会い、学習塾を立ち上げるところから物語が始まります。

女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。

さらに千明の母、やがて生まれた二人の娘、蘭と菜々美。

ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長していきましたが、補修塾にこだわる吾郎と進学塾への拡大路線を突き進む千明との間に溝が生まれ、二人は別の道を進む事になります。

娘の蕗子は母がとことん嫌っていた公立小学校の教諭となり、母の元を離れます。

蘭は塾の関わるものの、独自を道を進みますへ。

蘭が独立して作った塾で起きた、まさに今時の問題。

菜々美は海外へ留学。

そしてグリンピースの活動に参加。

吾郎は海外放浪の旅へ。

それぞれが全く別の道へ進んでいるようでありながら、手段や形こそ異なれ、教育というところでつながっているのです。

年を重ね体調を崩し、気力も落ちた千明に代わり、塾を支えたのは、海外から戻った吾郎でした。

しかし一時は津田沼戦争(実際にあった塾同士の熾烈な戦い)に勝利し、経営を盤石なものにしていた千葉進塾ですが、世の少子化・経済格差から来る塾離れには逆らえず、経営難との噂も出ていました。

物語は三代記。

ラストは蕗子の長男一郎は現在の話。

あることで子どもの貧困問題に接し、毛嫌いしていた教育に関わることになり、やがてボランティアの学習塾を開く事になります。

おっとりした一郎は、世の流れに乗ることが出来ず定職に就かず、遅くの金髪ピアスデビューをし、アルバイト暮らしをしていたのです。

それを亡くなる前の祖母千明は心配し、自分の子ども達へは無干渉だったにもかかわらず、一郎と会えば口うるさく意見していたのでした。

上田家の宿命というものを感じます。


私が小学生の頃が塾ブームの時代だったようですが、塾に無縁だった私には、へえって感じです。

子ども達の周りでも、塾塾塾・・・気が付けばかなりの数の子が行っているらしい塾。


この「みかづき」を読んで、冷静にならなくちゃ!ってつくづく思った次第です。

政治も世の流れも、変わってしまう。

その時々で、作られてしまうんですね。

戦後の復興から高度成長期があり、バブルがはじけて、長い停滞期があって・・・

本来、教育というものは一本の筋が通っていなければならないと思うのですが、そこにもいろんな思惑が絡み、詰め込みからゆとりになって、脱ゆとりになって・・・


斎藤貴男(ジャーナリスト)がインタビューした、「ゆとり教育」を深化させる今回の学習指導要領の下敷きとなる答申をまとめた最高責任者、前教育課程審議会会長の三浦朱門氏の言葉が載っています。


本書には三浦氏の名前は出てきませが・・・

「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教育審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。

(日本の)平均学力が高いのは、遅れてる国が近代国家に追いつけ追い越せと国民の尻を叩いた結果ですよ。国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければなりません。それが“ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」

これはフィクションかと思いきや、インタビュー内容は本当の話。


この記事を見せられて、一郎は憤慨するのです。

「素質もやる気もあるのに、家に鐘がないってだけで、同級生に遅れをとっている子もいる。この国はそんな子たちも切り捨てるのか」


増補改訂 日本という国 (よりみちパン!セ)

小熊 英二/イースト・プレス

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こちら↑では「天は人の上に人を作らず・・・」で有名な福沢諭吉の「学問のすすめ」の本当の意味、誕生した歴史的背景が書かれています。


併せて読むと、モノを知らぬものは良いように流されるのだと言うことが分かります。

う~ん、だから学問は大事なんだ。

でも、それは週休2日で、ゆとりも終わった時代に英語授業が増えているから英語が大事!なのではないと思います。

歴史や社会と国語(日本語)、それをおそろかにしたら、本当に流される人間にしかならないと思うのです。


「戦争は集団の狂気だ。ぼくらは狂った時代にいる。あてになるのは自分自身の知性だけだが、今の教育は子どもたちからそれをとりあげようとしている。考える力を奪い、国の随意にあやつれる兵隊ロボットを量産するための教育だ。みすみす自分を明け渡すんじゃないぞ。

誰の言葉にも惑わされずに、自分の頭で考えつづけるんだ。考えて、考えて、考えて、人が言うまやかしの正義ではなく、君だけの真実の道を行け」

これは軍人だった千明の父親の遺言となった言葉で、この言葉を忘れず、塾を興したときの第一義として

「自分の頭でものを考える力を育む」教育を掲げたのでした。

いつか狂気の時代が訪れた時、知の力をもってして、子ども達が自分を守れるように。真実の道へ進めるように、と。


何だかあやしい方向に舵を切っている今の時代、本当に大事なのは、この「自分の頭で考える力」ではないでしょうか?


全く勉強せずに臨んだ、sotaの初の中間テスト。

結果は然り。

なかなか結果を出さないsotaにしびれを切らし、こっそり覗いた私は出来の悪さに唖然(><)

たかが中学の定期テストでこの様か。。。。いらいらは募る一方。

しかし、本人が出すまで待って。

当初は出来たと言っていたsotaも反省し、次回はちゃんと勉強する、と。

しかしながら、机に向かって何をしているのか思いや、デッサン!?


時を同じく、水泳の練習も中学に入って気合いが入らず、結果は然り。

先週はさすがにコーチにこっぴどく怒られた様子。


さてさて、どちらも自分の頭で考えなくちゃ、人に言われたところでどうにもならん。

などと今こそ冷静に受け止められる私も、「子どもを信じること」を読む前は、つい2週間ほど前までは、生理的な事も重なって、ガミガミ、ガミガミ・・・・

「あーっ、うっせーなあ!」とsota。

「言われるような自分が悪い!」と私。

果たして私は子どもを信じているだろうか?

三つの本が重なって、腑に落ちたのです。

自分の頭で考えて、どんな時代になったとしても行き抜ける子どもでなきゃならん、と。


でも、またまた生理的にイライラ・ガミガミ期がやってくるかもしれず・・・そこは修行修行。

「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず・・・」

ひょえ~、孔子ってすごい(^^;)

私ったら、間もなく50だというのに、まだ不惑に至ってないぞ。。。。


「みかづき」読んで、吾郎に倣い、格好いいばあちゃんになりたいっ!思ったんだけどなあ。

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# by yomuyomuehon | 2017-06-12 13:20 | 大人向け | Trackback | Comments(0)

「グリムの昔話」

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いかんな、と思いながらも最近寝るのがすっかり遅くなってしまっているhaneちゃん。

毎晩10時です(><)

毎日水泳があるのに、その体力に驚きつつ、感心しつつ、呆れつつ。。。。。

どんなに遅くても「よんで!」と持ってくる本1冊。

をやっと読み終え、

を読み始めたのですが、1ページも読み終えないうちに、haneちゃんの寝息が聞こえてきます。

どうやら読み聞かせは睡眠導入剤のようです。

そして、haneちゃんが寝た頃寝室にやってくるのがtaichiで、こちらも「よんで!」と一冊持ってきます。

それが


読んであげるなら 6、7歳~
自分で読むなら中学年以上~

先日hanetちゃんが寝た後に読んだ「こわがることをおぼえたくて 旅にでかけた男の話」が面白かったらしいのです。

(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

むかし、おとうさんとふたりの息子がいました。上の息子はりこうもので、気がきいて、あんでも調子よくやりましたが、下の息子はばかで、なんにもわからず、なんにおぼえられません。だから、みんんあは、この息子を見ると、いうのでした。

「いや、こんなのがいたんでは、おやじさんも苦労するだろうよ!」って。

まあ、こんなわけで、なにか用事があるときに、やらされるのは、いつでも上の息子でした。

 * * * * *

こんな始まりに、憤慨していた次男taichiでしたが、その後のお話は面白かったらしく、11時近いにもかかわらず、近所に響き渡るような大声で、sotaと大爆笑していました。

ひとつひとつが長いので、読み聞かせというより自分で読むグリムの童話です。

読み聞かせにそれぞれが短くまとまっている、こちら↓

子どもに語るグリムの昔話〈1〉

ヤーコプ グリム,ヴィルヘルム グリム/こぐま社

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がお勧めです。こちら ↑ は全6巻。


こちら ↓は

グリムの昔話1 (福音館の愛蔵版シリーズ)

グリム/福音館書店

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は、全三巻。

グリムの昔話2 (福音館の愛蔵版シリーズ)

グリム/福音館書店

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スイスの版画家・絵本画家のフェリクス・ホフマンが自ら101の話を選び、見事な挿絵を付けたものです。

一巻には、「ラプンツェル」「灰かぶり」「七羽のカラス」など35話が載っています。


「灰かぶり」とは「シンデレラ」のことです。

ディスニーに育った子ども達にとって・・・大人にとってもかしら?・・・グリム版のこれは、驚くべき内容もしれません。

妖精?魔法使いのおばあさん?は登場しませんし、カボチャの馬車にガラスの靴も出てきません。


ディズニーアニメは、フランスのペロー童話をもとにしているようです。



絵本だと、これ ↓ がグリムの原作に忠実です。

さて、灰かぶりに似たお話は、世界中にあります。

そして日本にも「米福粟福」(こめぶくあわぶく)という似たおはなしがありますよ。


「灰かぶり」には、特にディズニーアニメに慣れ親しんだ人にとっては、不愉快なところがあるかもしれません。

しかし、長く人々の間で伝承されてきたお話には意味があります。

上の本の中で、「灰かぶり」は昔話の語り口の作り方という観点からみると、グリムグリム兄弟の腕前が分かる傑作だと、小澤俊夫さんは仰っています。

この語り口というのは、三回の繰り返しです。

シンデレラでは、老婆の妖精が魔法を使ってシンデレラを美しい姿に変えました。

灰かぶりでは、妖精役は鳥です。

鳥は亡くなった母親の魂の化身。

なぜ母親なのかは、その前の部分のお話を読むと納得出来ます。

この物語が語ろうとしているのは、灰かぶりはふだん汚い姿をしているけれど、本当は美しいのだということだと、小澤さんは述べています。

魔法による美しさではないのです。

そして三回の繰り返しにより、お城へ行って王子様に見そめられながらも、また汚い姿に戻る・・・これが思春期の若者の行動をよく示している。

継母や姉たちからさげすまされることで、自分に自信が持てず、王子の前からにげだしてしまったのだと。

三回の繰り返しをきちんと語っているからこそ、それらは感じ取れるものであると。


ですから、妖精が用意してくれた馬車や馬、ドレスであってはならず、ガラスの靴が脱げてしまった一回の舞踏会ではそれらは語れないのです。

ディズニーは子どもの成長を支える昔から語られてきた昔話とは違い、夢物語です。


果たして子どもにどちらを与えるか?

それは大人がきちんと意味を知って、考えるよりないでしょう。

それから、昔話の特徴である、主人公の命を奪ったり狙ったりした悪者は最後に罰せられる事は、「灰かぶり」においても同じです。

二人のお姉さんたちは、靴に足が入らないために、それぞれ踵とつま先を切り落とし、馬車に乗ってお城へ向かうのですが、途中灰かぶりを助けてくれた二羽の鳩が、

「クックックー、見てごらん 靴の中に血が出てる 靴が小さすぎるんだ ほんとうの花嫁は、まだうちの中にいるんだよ」

と嘘を暴く場面があります。

この鳩たちは、灰かぶりと王子の結婚式の時、灰かぶりの左右の肩に止まっていました。

そこに幸せを分けてもらいたいとやって来た姉二人。

教会へ行くときに左右に着いていたこの二人の目をつついて取ってしまうのです。

昔話には差別的なことや言葉がたくさん登場します。

差別ということが問題になったのは、世界的に見ても最近の事です。

これからの人生を生きていく子ども達に、人類の負の遺産をわざわざ語り聞かせる意味はないと、小澤さん。

子ども達が目の不自由な人たちを見たとき、「なにかわるいことをしたんだろうな」と思ってしまう危険性があると。

しかし、悪い姉たちが厳しく罰せられる事は言わなくてはならない。

ですから、

「それからというもの、姉たちは目が見えないままくらさなければなりませんでした」はカットした方が良いと仰っています。

で、一番の悪者と思える継母が全然罰を受けずに終わっているのは、グリムの落ち度だとも。

子どもの心と大人の心の間を揺れ動く「灰かぶり」は、どうやら小学上級以上のお話のような気がします。



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# by yomuyomuehon | 2017-06-08 11:35 | 昔ばなし | Trackback | Comments(0)