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子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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<   2016年 07月 ( 11 )   > この月の画像一覧

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haneちゃんは、一昨日から幼稚園の夏季保育で、今日まで登園。

夕方までプールに外遊びにと、満喫して帰って来る。

毎日毎日ぐるぐるぐるぐる廻っていた側転が、この所相当上手くなった。

ほんと、きれいに廻るので驚く。

スイミングで兄ちゃん達を待っている間に、コーチにも見せて褒めてもらい、相当調子に乗っている。

運動会で使う、運動場的な新園庭の草取りを、夕方のお迎え前にしていると、塀を越えた向こうの方の園庭で、くるくる廻るhaneちゃんの姿が見えた。

どうも、外でもやっているみたい。

そう言えば7年前の秋の終わり頃、sohtaの一つ上の年長の女子4人組が、

先生の歌、「む~らのちんじゅのか~みさまの~ きょうは めでたいおまつりび~ どんどん ひゃらら どんひゃらら~」にあわせて、

築山の斜面を、側転でぐるぐる廻っていたのを思い出した。

秋にはそんな姿が見れるかな(^^)


さて、そのhaneちゃんがこの所毎晩「よんで!」と持ってくるのが、

ミリー・モリー・マンデーのおはなし (世界傑作童話シリーズ)

ジョイス・L. ブリスリー/福音館書店

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読んであげるなら 6歳~

お父さん・お母さん・おじいちゃん・おばあちゃん・おじさん・おばさんと、草ぶき屋根の白いきれいな家に住む女の子、ミリー・モリー・マンデー。

ミリー・モリー・マンデーは愛称で、本名があるのだが言い難いのこう呼ばれている。

ミリー・モリー・マンデーの暮らしは豊かである。

彼女の周りの大人も子どもも、心美しく強く、地に足の着いた暮らしをしている。

そして彼女が暮らす町も、自然が美しく心安らかで居られる素敵な場所である。

その中で、ミリー・モリー・マンデーが家族に頼まれてお使いに行ったり、友達のスーザンやビリーとキャンプをしたり(キャンプごっこ)、マギンズさんの店の店番をしたりする様子が、それぞれ20~30ページに綴られている。

それを、毎晩一つずつ読むのが、この所の日課である。

このお話の中には、TVもゲームも出てこないし、車の登場もない。

極めて牧歌的な暮らしである。

こういう話を楽しめるというのは、本当に素敵な事だと思う。


世間は、ポケモンGOにはまる大人と子どもの話題でいっぱいだ。

今ある現実とは別の世界を楽しむという意味では、ゲームも読書も同じかもしれない。

しかし、心の中に出来る豊かな世界は、読書にゲームが及ぶはずもない。

ドリルドリルドリル・・・より、一冊でも多くの良本に出会って欲しい夏休みである。


さて、明日から岩手に家族旅行。

子ども達の午前練習と私の幼稚園のニス塗り作業後に、大急ぎで電車に乗り込む予定。

この旅の友にする本は、さて何にしようかな?



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by yomuyomuehon | 2016-07-29 11:34 | 童話 低学年向け | Trackback | Comments(2)
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子ども達がいる夏休み。

あまりに涼しく過し易いので、夏休みという感じが全くしないのだが、

早くも一週間が経った。


朝はランニングに始まり、夜は水泳で終わる。

その間、勉強をしている気配は殆どなく(><)

読書と言えば、専ら漫画。

課題図書は、図書館での人気が高いので、長く借りる事は出来ない。

私が読んで、はい返却!となり兼ねない(^^;)

で、課題図書を読む第二弾

茶畑のジャヤ: この地球を生きる子どもたち (鈴木出版の児童文学 この地球を生きる子どもたち)

中川 なをみ/鈴木出版

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小学高学年向け


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この本のテーマは、次の三つかなと思う。

①いじめ
②スリランカの内戦を引き起こした民族問題
③スリランカの貧困問題

紅茶の産地であるスリランカを旅した作者は、日本との違いに驚かされた。

紅茶の生産国となった植民地時代の歴史、内戦を生んだ強い民族意識(シンハラ族対タミル族)、子ども達の暮らしにまで影を落とす経済的な貧しさ・・・

貧しいけれどのんびりとした人びとの暮らしにふれてみて、ふと日本で悩んでいる子ども達をここに連れてきたらどんなだろうと思ったところから、この話は誕生したそうだ。


この本の中に、印象的な言葉がいくつかあった。

内戦の語り部であるセナ(スリランカで、JICA関連の仕事?に従事しているおじいちゃんの下で働くタミル族)が、内戦を、主人公の周に語る場面。

「タミル人が独立した国を持ちたいと思ったのは、間違いじゃないでしょ?」

「人を殺したら、なんにもならない」

「どうしたらいいの?反対されたら、どうしたらいいの?」

「考えるんだよ。分かるまで考える。勉強してかしこくなったら、たくさん考えられる。知識や経験がたくさんあれば、想像する力もついてくる。人の気持ちが想像できる。ものごとの先が想像できる。たくさん想像できる人は、人を殺さない。悲しみが想像できるから」




セナはシンハラ人の奥さんと結婚し、子ども(ジャヤ)が生まれた。

二つの民族は宗教が異なる。

それは困らないのか?という周の質問に、

「おいのり、ちがう。神様、ちがう。こまることある。でも、どちらもだいじって、母さんいった。ちがうこと、悪くないし、ちがうこと、きらったら、だめ。いちばん悪いって、いつもとうさんがいう。わたしもそう思う。人はみんなちがう」




学校でいじめに遭っていた周を、スリランカに行かないかと誘ったおじいちゃん。

教室の中で目立ったからいじめられた。みんなと違うからいじめられた。

でも、皆が同じだったらどうだろう?気持ちが悪い。

「ジャヤは、みんなとちがうからって、仲間はずれにされたら、どうする?」

「わたし、シンハラから仲間はずれ」

「ひとり、だいじょうぶ。ひとりだけ、オーケーよ。シュー。さびしくない。自分、強くする。でも、ひとり、やっぱり、さびしいね」




おじいちゃんと最後の旅行を、海辺のリゾートミリッサで迎えた時、

ホテルの前のビーチの波は、とてもつもなく高い高い壁だった。

おじいちゃんは果敢に飛び込んでいったけど、周は以前波にもまれた海を思い出し、ビーチに座り、ただ波を見ていた。

そこで、スウェーデンから来た三人の少年が高い壁に突っ込んでいくのを見た。

恐がるどころか、互いに肩を叩きあって喜んでいた。

彼らが立ち去った後、立ち上がった周は、海水の中を突き進んだ。

波に飲まれ、されるがままの周。

このまま死ぬのかなと思った時、ふいっと身体が軽くなり、頭上から海水は消えている。

このまま座っていたら、また次の波に飲まれる。

「いそがないと」

あわてて海から逃げる。

ものすごく恐かったけれど・・・・

どうしていいか分からなくなったら、あわてたりもがいたりしないで、じっとしていたらいい。そういうやり方があるのだ。その場でこらえて待っていれば、波がひいていくように、自由がきく世界がやってくる。

本当にそうだろうか?

こうして、周はまた壁に向かった。

心配で、見守っていたおじいちゃんに、

自由になれる方法を確かめたかった、と周。

「波にぐるぐるまわされたけど、いつか終わりがあるってことだよ」

「人生そのものじゃないか。終わったらどこかへ出かけて、また波をかぶって・・・。何度もくりかえしたあと。やっとほんとうの終わりがくるのかもしれんなあ」



いじめに打ち勝つ方法、それは自分自身を強くするしかないんだろうなと思った。

集団心理は恐い。

一人でいじめをする事は出来ない。

一人の子をいじめるのに、集団を作る。

人数が多いと、いじめている側にいても、間違っていないと思うのかもしれない。


周は、日本からスリランカという距離的にも環境的にも遠い地へ行き、気持ちの切り替えが出来たようだ。

でも、実際にいじめに遭っている子はどうか?

残念ながら、なかなかこう上手くはいかない、と思う。


いじめが人対人であるのと同時に、いじめから、またはいじめられている子の気持ちを救えるのも、人である事はこの物語からも確かである。


他の課題図書もどうぞ!→ こちらは、本当にオススメ!「wonder」



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by yomuyomuehon | 2016-07-27 16:14 | 童話 高学年向け | Trackback | Comments(2)
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昨日の土曜日、幼稚園で、毎年恒例の卒園児対象のデイキャンプがありました。

今年は小学生最後の年、久々にsohtaも参加。

同じ幼稚園だった水泳仲間や、嫌がっていた、小学校でも同級生の友達を説き伏せての参加です。

この所、幼稚園なんて幼稚すぎてつまんない、とhaneちゃんの行事にも全く参加しなかったのが、先日担任だった先生に誘われて心動いたらしく・・・

あとは、少し大人になったのかな(^^;)

一方のtaichiは、朝練があったので遅刻しての参加でした。

既に始まっている中へ入っていったので、そういうのが非常に苦手だったtaichiにとって試練だったかもしれませんが、

あらま、すんなり入って行き・・・

少しは成長したのかな(^^;)

正門は既に閉まっていたので、裏門から入って行った所、

「待ってたわよ~♪」と、先生。

何だか、田舎のおばあちゃん家に帰って来たみたい・・・そんな感じかもしれません。

あったかい先生の一言に、うるっと来ちゃいそうな母でした。 

お昼のカレー作りの役割分担、遅れていったtaichiは火起こし係になれなかったのでブーイングでしたが、

「来年は最初から行って、絶対に火起こしやるんだ!」と。

二人とも、竹を切って作った水鉄砲で、びしょびしょになって遊んできたようです(^^)

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そして、夕方から水泳の練習があったsohta。

また昨晩も一人特訓だったようで、ヘットヘトになって帰ってきました。


何だか夏休みとは思えない涼しさで(^^;)

いつもは蒸し風呂の二階で熟睡出来るのも、庭にプールを出さないのも初めて。

身体は楽ですが、少し寂しい気もします。

ジュニアオリンピックは遠かったsohta(><)

また次の春を目指し、夏休みは厳しい練習が続きます。

今日も練習ですが、夕方はまたもや友達と夏祭りに行くらしく、

夏休みを僅かながらも満喫しているみたいです。


今朝は隣の神社から聞えてきた獅子舞の、笛や太鼓の音に、「いってきま~す!」と、家を飛び出していったtaichiとhaneちゃん。

夏らしくないけど、夏休みです♪

そして夏休みと言えば、読書感想文(><)

親泣かせの宿題ですね(^^;)

感想文なんてなければ、もっと本を楽しめるのに・・・

海外にもあるのでしょうか?

で、taichiが先生から勧められたと言う 


二日月 (ホップステップキッズ!)

いとう みく/そうえん社

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を読みました。

小学4、5年生向け

(以下、あらすじです)

5年生の杏に妹が誕生。

妹、芽生は逆子で生まれ、出産時の問題で口から食べものを受け付けません。

日に日に痩せていく芽生。

5年生きれば奇跡と、医者は言います。

生まれてからずっと芽生に付っきりの母、頻繁に救急車を使うことから一念発起して免許を取った父、寂しさと妹を守りたい気持ちに揺れる杏。

家族の愛と、小学5年生の女の子の揺れる気持ちを綴ったお話です。

電車の中で読んでいて、時々涙が止まらなくなってしまい・・・


障害を持つ子には、その家族がいます。

同じ大事な命でありながら、家族の生活や思いは色んなことを抱えています。

食べる事は生きる事、食べさせるための家族の苦労や努力はとても大変ですが、私の元にもし芽生ちゃんがいたら、きっと同じように懸命に命を明日へ繋げる努力をするはずです。

親にとって、子どもがどれ程掛掛替えのない存在か、親の立場で読んでしまいますが、子どもは何を感じるのでしょうか?

誰の命も、突然ポッと出てきたものではありません。

その人に繋いでくれた人がいて、あること。

このお話は偏見やいじめについてもちょっと触れていますが、自分の命も繋いでくれた両親やそのまた親が居たからこそだと考えると、

いじめの対象にしている子にも、同じようにその子を大事に思う親や家族が居るって、想像出来るのではないでしょうか?

知る事、気づく事、感じる事、考える事・・・全てが大事です。

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by yomuyomuehon | 2016-07-24 12:28 | 童話 中学年向け | Trackback | Comments(0)
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読みたい本がいっぱいあって、同時期に何冊も読んでいる。

気分や時間帯によって、あっちを読んだり、こっちを読んだり・・・・

何かを読み始めると
興味が広がり、ネットサーフィンならぬ、読書サーフィンとなってしまう。

読み聞かせに適した、「命の大切さ」を詠った詩を探し、久し振りにめくったポケット詩集。 


ポケット詩集

田中 和雄(編集)/童話屋

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そこで目にしたのが、

栗原貞子さんの、「生ましめんかな」――原子爆弾秘話―― である。

負傷者がひしめく被爆直後の真っ暗な壊れたビルの地下室で、被爆した若い女性が産気づき、かたわらでそれまでうめいていた重傷の産婆が「私が産ませましょう」と赤ん坊をとりあげ、自らは暁を待たず血まみれで死んでゆくのをうたった詩。

「生ましめんかな 生ましめんかな 己が命捨つとも」という最後の一節。

絶望的な状況にあって、使命を全うしようとする産婆の志の高さを、人間として尊敬するなんて、陳腐な言葉では言い尽くせない。。。


沖縄の地上戦の際、ガマ(防空壕)に逃げた人々は、一番奥に赤ん坊、その前に小さき子と年のいかない順に並び、一番手前に老人が火の盾になり、なんとか命を繋ごうとしたそうだ。

命こそ宝(ヌチドウタカラ)は、沖縄に限らず人間として、動物として本来持っている力なのかもしれない。

そして、戦争と平和をうたった詩集をさがして出合ったものに、

詞華集 生きていてほしいんです―戦争と平和

田中 和雄(編さん)/童話屋

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反戦詩集として谷川俊太郎さんと童話屋の田中さんとの共同編集によって出版されたのは、2009年の事。

その頃よりも、状況は悪くなっている。


谷川俊太郎さんの詩「誰が・・・・」に、

誰が造るのか?
冷たくなまぐさい銃を
子供を愛撫するその手で

という1節がある。

人を殺す、銃を操るその手は、かつて母の胎内より出でし、紅葉のようなちっちゃなおてて。

そして父となったその手は、おぎゃーと生まれし我が子を、満面の笑みで抱き上げた厚く大きな逞しい手。

なぜ、人はそんな残忍になれるのだろうか?


戦争について、世界各地起きている紛争やテロについて、子どもと話し合った事はありますか?

今読んでいる本
 

中東から世界が見える――イラク戦争から「アラブの春」へ (岩波ジュニア新書 〈知の航海〉シリーズ)

酒井 啓子/岩波書店

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知らないと子どもと話せない、「知らない」ということは罪である。


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by yomuyomuehon | 2016-07-19 15:36 | 戦争と平和を考える | Trackback | Comments(0)

尺貫法

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土曜日のお昼、タンメンを食べたいという子どものリクエストに応え、作っていたところ、

「お腹が空いた~、まだ~?」と息子たち。

台所へやって来て、

「あっ!やる!やるーっ!!」と、言うので、バトンタッチ(^^)

と言っても、もう野菜を下茹でして、炒めて、味付けも終了していたので、

残りは麺を茹で、スープを作って・・・

ん~?でも・・・

子ども達がやるならば、そのまま付いてるスープのもとをのばせば良いかな(^^;)

と言うわけで、

「あとは、袋を見て作って!読めば分かるから!」

作業工程としては①~③まであったのだが、

①を読んで①をやろうとするので、

「ちょっと、まったーっ!最後まで読んでからやって」

この手順、数字の順に仕上げて行くと支障があるのだ(^^;)

①麺を茹でる
②添付のスープのもとをお湯でのばす
③炒めた野菜や肉をのせる

まあ、こんな感じ。

①だけ読んで麺を茹でちゃうと、②のお湯が沸くまでどうする?

既にのせる野菜は出来ているが、それを①②を終えてから気付くと!?

「レシピは最後まで読んでから、頭の中で手順を考えなくちゃ!」


そして、もう一つ問題が!

「ママーっ、250mlと1と1/4カップが合わなーい!」

私が使う1カップは1合なのだ。

よって180cc(ml)

「この1カップは1合で180mlだから、250mlにするにはどれくらい入れたら良いか、考えて入れて」


ふんふん、「合」というのはどこから来ているのか?

折りしも、七夕の日に逝去された永六輔さんが、かつて尺貫法復権運動をしていた事をラジオで聞いたのが3日前。

何ともタイムリーである。

「合」も、日本古来の計量法である尺貫法の、容積を表す単位。

升(しょう)(1.8リットル)の1/10の180mlが1合。

中国の漢の時代、長さの標準器であった黄鐘器を満たす水の二倍という事に由来するらしい。

ちょっと難しいね(^^;)


「物を測る単位として尺貫法とメートル法が並存していた明治時代以降。

計量法の改定により昭和34(1959)年からは尺貫法の使用が禁止され、メートル法の使用が義務付けられた。

これにより曲尺、鯨尺は公には使用できないこととなり、これに違反した場合には法律違反として処罰が課されることとなっていた。

昭和51(1976)年、知り合いの指物師から曲尺で仕事をして警察に呼び出された、という話を聞いた永さん。

この計量法の在り方に疑問に感じ政治家に相談するが改正は不可能と告げられる。

義憤を発した永さんは、自らのラジオ番組「誰かとどこかで」で尺貫法復権を提唱し、全国の職人衆に決起を呼びかけたほか、自ら尺貫法を使用し警察に自首するデモンストレーションや、曲尺鯨尺の密造密売、プロパガンダ芝居「計量法伝々」の全国公演などの形で尺貫法復権運動を大々的に展開した。

 その結果、法律自体の改定は行なわれなかったものの処罰は行なわれなくなってゆき、尺貫法の使用は黙認されるようになったという。」
(大永帝国書陵部より引用)


尺貫法で使われている単位は、その多くが中国由来の単位。


長さの単位「尺」は、親指から中指までの長さから来てるらしい。


なので、もともとの尺の長さは、18cm位だったそうなのだが、時代が進むとともに長くなっていき、明治時代に定められた尺貫法では、1尺が約30cm。


一方、ヤード・ポンド法のフィートは、フートという単位から来ていて、足のつま先からかかとまでの長さが元になっているらしい。


現在の1フート(フィート)は、約30cm。


これは・・・かなりの大男?


ちなみにうちの長男小6は27cm(^^;)


体由来の単位が、洋の東西でほぼ一致しているというのは面白い。


で、国際単位系がありながら、アメリカはメートルよりもフィート、マイルにヤードを使っている。


もう半世紀近く生きている私だって、メートルの方が分かる。


升とか反とか言われてもピン!とこない。


でも!でも!


日本文化が廃れる事への危惧を、永さんのこの尺貫法復権運動から、改めて考えた次第である。


いっすんぼうし (日本傑作絵本シリーズ)

いしい ももこ/福音館書店

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いっすんぼうしの「いっすん」が一寸という長さの単位であることを、果たしてどの位の子ども達が知っているのだろうか?

ちなみに「寸」も身体尺で、親指の幅らしいが、3cmとは何と太い(^^;)



白川静さんによると、

「寸」は、「又」と「一」を組み合わせた形。

「又」は指を伸ばした右手の形で、その下にそえた「一」は指一本と言う意味であろう。

手の指一本の幅の長さを「寸」という。この幅は短いので「わずか、少し」の意味になる。

とある。


指の幅というのは、「インチ」の由来と同じなのである。


もっともっとしっかり、日本人

永 六輔/日本放送出版協会

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の中の「職人達の将来」で、永さんはこう言っている。

日本の伝統工芸を支えるのは、軽量法で禁止され違反すると罰金も取られる曲尺と鯨尺が支えている。

計量法の改正も含め、職人さんたちが胸を張っていい仕事が出来る環境を作っていく、そんなお手伝いが出来ればいいなあと思っている。


また「かんなくずの教え」では、大好きなかんな屑から、「刃を研ぐ」事の大事さを伝えている。

刃は研ぐもの。

切るのはそれから。

心静かに研ぐ事がどれだけ大事か。

心静かにとがれた
鋭い切っ先の刃物がどれだけ美しく、やさしくあったかいものになるのか。


刃物を研ぐことによって、子ども達の人格も研ぎあげていきたい。

暮らしの中の刃物を見つめなおして欲しいと説いている。
 



平成10年、町村文部大臣が子ども達にナイフを持つなというメッセージを出した直後のメッセ―ジだった。


母親がこの刃物を持って台所に立つ音を、刃物は凶器と捉える子は聞いた事がないのではないか?

そんな気がする。

繋がっているんだよ。全てが。


本当に大事な事は何か?


それを気付かせてくれる一冊である。


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by yomuyomuehon | 2016-07-18 08:47 | 知る | Trackback | Comments(2)
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先日の、この本だいすき支部7月例会で話題になった昔話について。


昔話には、はっきりと良い人と悪い人が登場する、いわゆる「隣のじい型」という話があり、日本に限らず、西洋にもその形が見られます。 

イソップ寓話の「金の斧、銀の斧」とかがそうですね。

イソップ寓話集 (岩波文庫)

イソップ/岩波書店

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子どもが、この話の、欲張りな木こりに同情するという話が出ました。

それは、今の時代の子どもの典型的な姿なのかもしれません。

また、昔話絵本の絵が古くさくて、子どもが好まないという話も。。。。


6月の例会で紹介された、

松谷みよ子の本 (第3巻) 直樹とゆう子の物語

松谷 みよ子/講談社

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に載っている「死の国からのバトン」。

飼っていた猫がなぞの死を遂げる、公害を扱った児童文学です。

その中で、主人公の直樹が行ってはいけないという死者のいく山に、飼い猫ルウを探しに行きたいという場面があります。

それを止めたのは、直樹の祖先の直七少年。

直樹が足を踏み入れたあっちの世界でご先祖さまに会うのです。

直七は、直樹にこう言います。

「牛の洗い汁、七桶の飲まっしゃい。そうしたら、川をわたしてしんぜるわい。」



これは、「したきりすずめ」のお話に由来します。

したきりすずめ (むかしむかし絵本 16)

松谷 みよ子/ポプラ社

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日本昔話百選

稲田 浩二,稲田 和子/三省堂

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石井さんのは違いますが、『日本昔話百選』(稲田浩二・和子編)や松谷さんのは道を教えてもらう条件として、おじいさんは洗い汁を飲まされるのです。

したきりすずめ (日本傑作絵本シリーズ)

石井 桃子/福音館書店

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なぜ今、そんな事を言い出すのか?という直樹に対し、直七が言う台詞は、腑に落ちるものでした。

「牛洗いどんも馬洗いどんも、洗うてる牛や馬がにげたとあらば、山こえ谷こえて、たずねあるきもしたやろ。けれどなあ、人間、きょうという日が食うていけるか、腹すかしとる子どもの口に、ソバの餅ひと切れでもいれてやれるか、そういう苦しい暮らしのなかではな、すずめやの、ねこを追いかけて山こえ谷こえするもんは、自分らとはちがう人間に見えるのや。そやから洗い汁七桶飲まっしゃいと、いわずにはおれなかったのかもしれん・・・・・。」


確かに、したきりすずめのお話の中で、子どもは「うえーっ」と汚い思いしか無かったと思います。

大人は、何で?という疑問があったと思います。

あの話の中で、あの時代設定の中で、おじいさんは異色だったのです。

その日の食べものにも困る暮らし・・・・

と考えると、

子どもが、大して悪い事しているわけでもないのに・・・と感じる欲張りな木こりに同情するというのは、

主人公(正直者)と同化していないからだと思うのです。

昔話は、弱いもの小さいもの、正直なものに寛容な、それらを救う話が多く、そこに自分を重ねるからこそ伝わってきたのではないでしょうか?

豊かな時代を生きる現代の子どもたちは、枯渇するところがありませんね。

親など周りの大人は、転ばぬ先の杖を与えてはいないか?

そんな事も感じました。

そして、昔話は国語でもあり社会(歴史)でもあります。

言葉(日本語)を伝える意義の他に、史実を伝えるという意義があります。

言葉だけでは伝わらない子ども達に、絵で今は目にしないものの有り様を伝えてもいるのですが、

その絵は、やはり古きを感じるものであるべきです。

漫画っぽい絵では、雰囲気は伝わりません。

子どもが昔っぽい絵を好まないのであれば、語りだけにするのも良いかと思います。

子どもに語る 日本の昔話〈1〉

稲田 和子,筒井 悦子/こぐま社

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などは、一つのお話が短く、「子どもに語る」というタイトル通り、園児(年中くらい)からでも楽しめます。

何より、伝える側の大人が本当にその昔話を楽しんでいるか、そこが問題です。

楽しめないのであれば、それを無理に子どもに伝える必要はないのではないかと思います。

良さはけっして伝わりませんからね(^^;)

ただ、親として、子どもにどう日本語を、史実を伝えるか、そこを大事に思うか否か、今、それが問われている時なんだと思うのです。



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by yomuyomuehon | 2016-07-17 11:40 | 昔ばなし | Trackback | Comments(2)
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7/9(土)、蚕の繭から蛾が生まれました!

繭を作り始めたのが6/24(金)で、26(月)に出来上がり、

それからですから13日目に誕生した事になります。

蛾!と言っても蚕の蛾は飛べない蛾。

悲しいかな。。。。生糸の為に、そしてまた繁殖だけの為に一生を終えるらしく、

蛾になると、もう何も食べないそうです。

haneちゃんは、翌日この蛾を幼稚園に持って行って、結婚(交尾)させるのをチョーわくわくして待っておりました。

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とってもきれいなまっ白の繭が・・・

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蛾のおしっこで汚れてしまった(><)

虫好きのhaneちゃんは繭よりも「蛾」が欲しかったらしく、蛾の誕生に大喜び。

蛾と言っても蚕の場合、飛ぶ事はありません。

蛾になると、残す仕事は子孫繁栄作業のみ。

もう食べる事もありません。

人間でよかった(^^;)


蚕は一生の内二回だけおしっこをします。

1回目は幼虫の最後、繭を吐き出す直前です。

そして2回目が、蛾になった時です。

このおしっこの瞬間を見ていたtaichiと二人、大興奮でした。

毎日、かいこさんの蛾のおうち(牛乳パックで作ったもの)を持っていってたのですが、結婚させる事が出来なかったらしく・・・

もういい。。。と終業式の昨日、かいこの蛾はおうちでお留守番。

とうとう夏休みに突入。

このまま死んでしまうのね(><)


昨日は結婚させた蛾から生まれた卵をお持ち帰りしたらしいのですが、

haneちゃんは三匹のかいこの幼虫を死なせてしまった事をまだ引きずっていて、卵を持ち帰りませんでした(^^;)

富岡製糸場 生糸がつくった近代の日本 (月刊たくさんのふしぎ2016年6月号)

田村仁/福音館書店

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小学3年生くらい~


富岡市のお隣、下仁田生まれの作者、田村仁さん。

年に四回の養蚕をやっていたという農家生まれで、子どもの頃から養蚕のお手伝いをしてきたそうです。

実家の母屋は、富岡製糸場が建てられたのと同じ明治5年に建てられたとの事。

(以下、内容の一部です)

明治時代から、機会技術の発展も、鉄道交通の発達も、生糸を軸にすすんできました。

最初、生糸の輸送には川が使われ、東京・横浜まで運ばれました。

やがて天候に左右されない安定輸送を目指して、鉄道が敷かれました。

1884年、高崎ー東京間が開通。

となりの長野県でも多くの生糸が作られていたために、信越鉄道の建設も進められました。

1897年には、富岡を通る上野鉄道(現、上信電鉄)が開通し、製糸場の生糸が直接運ばれるようになったのです。

繭を上手に繰るための操糸機、機械化。

最初は外国製の輸入品を使っていたのですが、やがて日本製の操糸機が作られ、昭和になると逆に輸出するようになりました。

現在世界各地で使われている自動操糸機は、日産自動車が作り出したもの。

また、糸を布にする機織り機は、トヨタ自動車のもとになった豊田織機が作ったものが活躍。

という具合に、現在の日本を支える自動車づくりの技術は、操糸機や機織り機の技術とともに発展してきたのです。
  
夏休み、世界遺産「富岡製糸場」へお出掛けするのもいいかもね(^^)

「富岡製糸場への旅」

で、たまご・・・と言っても、haneちゃんに最近何度もリクエストされてたのは、こっちのたまご!

おひさまのたまご

エルサ・ベスコフ/徳間書店

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読んであげるなら、5、6歳~

かつてsohtaも好きだったエルサ・ベスコフの北欧の小人の世界。

森に住むダンスの好きな妖精が、ある日見つけた大きなたまご。

それは橙色で、妖精の背たけほどの大きさ。

小鳥の巣から落ちている卵を見つけると、お母さん鳥に届けてあげる妖精は、その丸いものがすっかり卵だと信じています。

空を見上げると雲の間に明るい隙間。

「分かった!これはお日さまは自分の卵を落としたんだわ!」

森じゅうの友達を集めて大騒ぎ。

「卵が孵ったら、自分たちのお日さまが持てるようになるのよ。」

暗い森にとって、お日さまは貴重なんですね(^^)

でも、友達のコッテは、

「お日さまの中は火がメラメラ燃えているんだ。卵の中だって火が燃えているんだよ。」

な~んて言うから大変。

森は火の海になっちゃう!?

水の中に沈めなくちゃ!

さて、この卵は本当にお日さまの卵だったのでしょうか?

かつてsohtaが好きだった小人の世界。

haneちゃんもはまりそう(^^)

もりのこびとたち (世界傑作絵本シリーズ―スウェーデンの絵本)

エルサ・ベスコフ/福音館書店

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ブルーベリーもりでのプッテのぼうけん (世界傑作絵本シリーズ―スウェーデンの絵本)

エルサ ベスコフ/福音館書店

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ぼうしのおうち (世界傑作絵本シリーズ・スウェーデンの絵本)

エルサ ベスコフ/福音館書店

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by yomuyomuehon | 2016-07-16 10:06 | ほのぼの絵本 | Trackback | Comments(0)
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あーっ(><)昨日も暑かった、一昨日も暑かった、一昨昨日も暑かった。。。。

今年は暑い夏!と言われていたけれど、それ程でもない気が・・・しなくもない。

でも!何だか私、今年はとっても暑く感じるのだ(><)

夕飯時、エアコン付けなくちゃ作れない。

昨年までは、汗たらたら流しながらでも作れたんだよねぇ(^^;)

夏は暑いものだ!

エアコンなんて、ひと夏に何回付けるだろう?

指で数えられる位だったよねぇ。

それが今年は・・・

何だか頭がボーっとしてきちゃって、夕食作りはエアコン無いとキツイ

これって、更年期!?(><)

いよいよ来てしまった。。。。


で、昨日、図書館で思わずパッと手にしたのがこの絵本

みず (かがくのとも傑作集)

長谷川 摂子,英 伸三/福音館書店

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ああ、子どもだったら、こんな風に全身びしょびしょになって、水を浴びたい!

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裏表紙がこれまた素敵!

いいな、いいな、子ども時代☆


泥遊びには躊躇する子でも、水には心を開放できる。


3年前だったか、ホースを頭上高くに掲げて、水撒き?水浴びしている子が居たなあ。

夕方のお迎えの時間帯だったので、次々やってくるお母さんはその下を潜らなくてはならなかった。

先生は、「〇〇、もうおしまーいっ!お母さんたちもびしょびしょになっちゃうよ~」と声を掛けたが、子どもは上から降ってくる水を見上げ、恍惚となって水を浴びている。

先生の声は、耳に全く届いていない様子だった。

みどりのホース (こどものとも傑作集)

安江 リエ/福音館書店

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ボランティア活動で小学校にいく事も増え、いつの間にか子連れで動く事も無くなった私は、それまでの子どもと公園に行く格好から変わり、ほんの少しだけど小奇麗になった。

果たして今、3年前のように、

「う~、きもちいいね~♪」と、その子の放つホースのシャワーの下に飛び込む勇気があるだろうか?

巷では、「どろんこ幼稚園」と言われる上の二人が通い、今三人目が通っている幼稚園。

お迎えに行った時、その泥んこの我が子を受け止める気持ちが必要だ。

「最近のお母さん達はきれいになったよねぇ」と、ある先生が言っていたと聞いた。

それって、良い事かしら!?

違うよねぇ(><)

子どもが幼稚園で泥だらけにしてきたパンツもTシャツも、大事な大事なお土産である。

よく遊んできたね!と心で泣いても、顔は笑って、腕まくり。

「せんたくかあちゃん」とならなくちゃ(^^)

せんたくかあちゃん (こどものとも傑作集)

さとう わきこ/福音館書店

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はっきりしないお天気と、胃腸炎の流行で、今年はなかなかプール遊びが続かない。

年少・年中・年長と、段々大きく深くなる、毎年親の手により作られる手づくりプール。

年長のプールは水を入れたら、大人の胸下位まである。

飛び込んだり、潜ったり・・・

3年前、taichi達は、大きな板(横幅2m、縦45cmくらい)を入れて波を作った。

一番前に座って待っていると、大波にざっぶーんとやられる。

目を見開き、わくわくした面持ちで一番前に陣取るtaichiの姿は忘れられない。

波役は4~5人で、相当力を使うので大変な様子だったが、全身を使ってやるそれは楽しそうだった。

とてもダイナミックな遊び方だったので、その年は何度もプールが壊れた(><)

でも、壊れたからもうやめよう、じゃないところが良い幼稚園だ(^^)

その夏は、何度も何度も波を起こしていた。

今年、haneちゃん達はやるのかなぁ?


さて、週末あった全国ジュニアオリンピック競泳大会の県予選。

天気の良かった日曜日。

屋外の50mプールは、泳いでいる方はチョー気持ちいーっ♪

だけど・・・

見ている方は暑くて、暑くて(><)

更年期の私、そしてまだちっちゃいhaneちゃんには堪える(><)

昨夏、この大会に出してもらえるような選手ではなかったsohta。

この1年、Iコーチの一人特訓を受け、どうにかここまで漕ぎ付けた。

メドレーリレーの選手にもなった。

でも、個人で全国のジュニアオリンピックに出るには、まだ1秒ほど足りない。

全国大会出場標準記録に挑戦できる大会は、18日のあと一つ。

2ヶ月前のリレーは短水路(25mプール)だったので、今回の長水路(50m)と比べる事は出来ないが、確実にタイムを縮めている。

出来れば個人で出場したところを見たいが、リレーでも良い!どうにか踏ん張れーっ!


よくまあ、私のお腹からこんな子が!

親が言うのもなんだが(^^;)、グループ1キツイ練習と言われるIコーチの、特別メニュー個人特訓に耐え、本当に練習を頑張っているsohta。

それが結果としてようやく表われてきた。


園児の頃、うんていも逆上がりが出来るようになったのも、クラスではビリに近かった。

年中まで、身体は大きかったけど、中身は赤ちゃんだった。

本当によく泣いていた。

ないた

中川 ひろたか/金の星社

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を紹介した記事 →  もあるくらい(^^;)

でも!

やりぬく事、踏ん張る事、上に向かっていく事を身につけてもらった幼稚園時代。

親は親で、子どもにどう向き合うかを考えさせられた幼稚園時代。

それが今に繋がっていると思う。

同じように、taichiが踏ん張れるには、まだ1年が必要(^^;)

10歳を過ぎて出て来る力と言うものが、本物になるのだと思う。

児童心理 2016年 06 月号 [雑誌]

金子書房

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この中で、奈良女子大特任教授の麻生武さんが寄稿する「チャレンジする心はどのように生まれ、育つのか」によれば、

「チャレンジする心」は、遺伝的に規定された傾向だという。

遺伝ならば仕方ない?かというと、そうではない。

「チャレンジする心」は育てることは出来ないが、「チャレンジする行為」を増やす事は可能だだという。

「腕白でも良い、たくましく育って欲しい」というCMが流れていた時代がなつかしいが、
最近は外で腕白な子どもの姿を目にする事がまずない。

しかし、子どもは生まれながらにチャレンジする精神を持っている

むしろ、その頃と違うのは、大人の意識、親の意識、周りの環境ではないだろうか?

チャレンジ精神を失っているのは、子ども達ではなく保護者や教員ではないだろうか?

危険だからこそ、皆が心を合わせて協力し互いに支えあう事の大切さが学習できると推奨されていた組体操。

これは、急速に過去のものになりつつある。

公園からは遊具が次々と消える。

子どもを危険な目に遭わせることを世の中が許容しなくなっている。

責任を取りたくない、行政や保育園・幼稚園・小学校。

子どもの数が減り、地域社会の人と人とのつながりが希薄化し、子どもの安全性に対して保護者が過敏になってきているのである。


チャレンジする行為がなされるためには、4条件が必要

1、チャレンジする心・・・個人特性と成熟に規定される、環境要因や教育によって左右されない。

2、発揮出来る場、チャレンジする課題や問題群の必要・・・経済も科学も成長期を過ぎているので見つかりにくい。

3、解決すべき問題を見出す知力や体力や批判精神

4、チャレンジ行為に対するポジティブな評価・・・成果主義がはびこっている事が問題

子ども達のチャレンジ行為が減っているのは、2と4が大きく変化しためである。


では、どうしたら?

「チャレンジする試みを評価し、結果よりもプロセスを大切にする」文化が生まれてくる事を願いつつ、

「チャレンジする心」の出番となる「解決すべき問題や課題」をいち早く、見出せる知力や体力や批判精神を養う事が何よりも重要だ、と。


いやはや、暑い→みず・・・から随分と飛躍してしまい、長くなっちゃった(^^;)

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今朝は、3年生への朝読みに行ってきました。

夏のテーマは「戦争と平和」

読んだのはこの2冊。

へいわってすてきだね

安里有生/ブロンズ新社

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いのちのまつり―「ヌチヌグスージ」

草場 一寿/サンマーク出版

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読んであげるなら 6、7歳~

どちらも沖縄が舞台です。

へいわってすてきだね

安里有生/ブロンズ新社

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の文は、与那国島の小学1年生安里有生(あさとゆうき)くんが書いた詩です。

その詩に長谷川義史さんが素敵なイラストをつけました。

2013年沖縄平和記念公園での「沖縄全戦没者追悼式」で、安里くんはこの詩を朗読しました。


小学1年生が思う平和って・・・こんな感じ。


お友達と元気に遊べて、

猫が笑って、

お腹がいっぱいで、

長命草がたくさん生えて、

与那国馬がひひーんと鳴いて、

港にはフェリーが止まっていて、

そして海には亀やかじきが泳いでいる。


そうだよね(^^)

普通の暮らしが普通に出来る事、それが平和だよね。


「みんなの こころから へいわが うまれる」

安里くんはそう言っています。

当たり前のことなんですが、

大人はそれをちゃんと理解し、実行しているでしょうか?

「これからも、ずっと へいわが つづくように ぼくも、ぼくのできることから がんばるよ。」

そんな純粋で、素直で、まっすぐな子ども達の気持ちを、大人はもっと真剣に受け止めなくてはいけませんね。

沖縄の今を、「へいわ」と、言えるのかな?

この本を読むと、ついこの歌を口ずさんでしまいます。


「島人ぬ宝」 

僕が生まれたこの島の空を 僕はどれくらい知っているんだろう 
 
輝く星も 流れる雲も 名前を聞かれてもわからない

でも誰より 誰よりも知っている 悲しい時も 嬉しい時も

何度も見上げていたこの空を

教科書に書いてある事だけじゃわからない

大切な物がきっとここにあるはずさ

それが島人ぬ宝





この後読んだのが、

いのちのまつり―「ヌチヌグスージ」

草場 一寿/サンマーク出版

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沖縄のおばあが、初めて島にやってきた男の子に「いのちのつながり」について、沖縄の方言で語るお話です。

私が「・・・・・さぁ~」と、なんちゃって沖縄弁で読むと、何だかしっくりこなくて(^^;)

ムリに方言を真似しないように、自然に読むようにしました。


沖縄の、家のような大きなお墓の前で、陽気に踊りだす人々。

それは沖縄流のお墓参りでした。


沖縄のお墓を見た事がありますか?

この絵本のイラストは「亀甲墓」という、家のように大きなお墓です。

昔、沖縄には死者を風葬する習慣があったそうです。

遺体を風化させ、後に親族が「洗骨」を行い、遺骨を「蔵骨器」に納めていました。

沖縄の墓が大きい理由の一つは、洗骨儀式に必要な広い墓庭が必要だったからだそうです。

1500年代に入り、王族が斜面や岩盤に「玉陵(タマウドゥン)」と呼ばれた「破風墓」を作るようになりました。

首里城の向かいにある王家の墓陵が代表的な玉稜。

亀甲墓は、これを真似て正面屋根の部分を亀の甲羅状に装飾したものです。

17世紀後半から亀甲墓が造られるようになり、1879年の廃藩置県以後、庶民でも亀甲墓を建てることが出来るようになり、大戦前まで多く作られました。

洗骨の儀式がなくなった今、この墓庭は親族が集う交流の場として、子孫に受け継がれているようです。


それを初めて沖縄に来た男の子は目の当たりにしたわけですね。

ぼくに命をくれたお父さんとお母さん。

そしてお父さんとお母さんに命をくれた、おじいちゃん二人とおばあちゃん二人。

徐々に開いた家計図に、「おおーっ!」と歓声を上げた子ども達。


自分自身は奇跡の存在である事、

与えられた生命を光り輝きながら生き抜くことが、

「ヌチヌグスージ」であるいう想いを絵本に込めた

と草場さんは帯で述べています。


沖縄での地上戦の際、「ガマ」と呼ばれる鍾乳洞や洞窟に身を隠した島の人びと。

ガマに逃げ込んだ人たちは、一番奥に赤ちゃんを寝かせ、その前に子ども達、そしてお母さんお父さん、入口近くにおじいちゃんとおばあちゃんと並び、年を取った人たちから順に盾となり、何とか命を繋ごうとしたと言います。


沖縄の方々だけでなく、どんな時代、どんな地域でも「いのちは宝」と、自分達までの命を繋いでくれた先祖が居るからこそ、今自分はここに居る。

誰しも、嬉しい事楽しい事ばかりではないかもしれないけれど、

生きたくても生きられなかった時代の先祖も居る・・・

そうして繋がれてきた命です。

生まれてきた事に、感謝しなくてはいけませんね。


やっぱり色々感じる事、考えることって大事。

松谷みよ子の本 (第3巻) 直樹とゆう子の物語

松谷 みよ子/講談社

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こちらは松谷みよ子さんの、戦争や公害などから平和を考えさせられる「直樹とゆう子の物語」全5編をまとめたもの。

1000ページにもなるので、子どもが読むのは大変かな(^^;)

内容は児童書なんですが・・・

是非、高学年から向き合って欲しいテーマですね。


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by yomuyomuehon | 2016-07-11 12:01 | 愛のある絵本 | Trackback | Comments(2)
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森のサクランボつみ大会 (ハリネズミのプルプル)

二宮 由紀子/文溪堂

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読んであげるなら 6,7歳~


(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

「プルプル、おきてる?ねえ、プルプルってば」

大きな声と、ドアをドンドンたたく音で、ハリネズミのプルプルは、、目をさましました。

おどろいたので、もうちょっとて、せなかのハリをぜんぶ立てて、ボールみたいに まるまってしまうところでしたが、はんぶんまるくなったところで、その大きな声がいとこの フルフルの声だったと きがついて やめました。

まくらのそばの めざましどけいを見たら、まだ五じです。

「ななんだ、こんな はやいじかんじゃないか」

プルプルは、ぶつくさ、家のドアを あけました。

「おはよう、プルプル」

春のゆうがたの ぼんやりした ひかりの中に、いとこの フルフルが、立っています。

「おはよう・・・・じゃないよ、フルフル」

プルプルは、目をこすりながら、いいました。

「なんだって、こんなに よるはやくから、ひとのこと、おこすんだよ。まだ、こんなに 外もあかるいっていうのに」


 * * * * *

(以下、あらすじです)

人間とは正反対の暮らしをするハリネズミたち。

早い時間に押しかけられて大怒りのプルプル。

「ぼくは『ていけつあつ』なんだから・・・」と最近覚えた言葉を使って偉そうですが、

フルフルはプルプルに頼まれて起こしに来たのでした。

「二人で、今夜のさくらんぼ摘み大会で一等賞を取る為の特訓をしよう」と約束していたのです。

「そ、そうだっけ?」驚くプルプル。

そう言われれば、そんな気がしなくもない・・・・

「ぼくは、きみとふたりぐみで、出る・・・んだっ・・・た・・・っけ・・・?」

ハリネズミの仲間というのは、あまりたくさんの物事をきちんと覚えておくには、少しばかり頭が小さ過ぎるのです。

だから、フルフルも、掌に今日の約束をクロスグリの実のインクで書いておいたから、覚えていられたのでした。

昨日の夜は、せっかく親戚中が集まって開いてくれたフルフルの誕生日パーティーも忘れ、一人で隣の森に遊びに行ってしまったくらいですし・・・

とは言え、プルプルも、他の親戚達も、皆自分が何のために集まったのか、すっかり忘れてしまってしたのでした。


そんな、三歩歩けば?う~ん歩かなくても、次の瞬間にはすぐ忘れてしまうハリネズミのフルフルとプルプルのやり取りが面白可笑しく綴られたお話です。

その続編

ハリネズミのプルプル〈2〉イチジクの木の下で (おはなしスキップ)

二宮 由紀子/文溪堂

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これにはお父さんのブルブルが登場。

ふらっとやって来た、ちょい悪風親父のブルブル。

プルプルにお願いがあってやって来たのですが、そのお願いというのは、なんと!

自分に代わって、ある人にプロポーズして来てくれという事。

「自分でしてきたらいいんじゃない?断られるのが恐いの?」と聞くプルプルに、

ブルブルは、

「断られるはずがない。眠っていた父さんの胸に、ものすごい勢いであの人が飛び込んできたんだから。父さんがあんまりハンサムだったもので、すっかり緊張してコチコチになてしまったんだ。いくら話しかけてもあがって返事も出来ないのさ。」

「もしかしたら、お父さんの顔が恐かったのかも」

しかし、取り合わないブルブル。

(しかし、ブルブルの顔は、とてもとてもハンサムとは言えない。。。。こういう勘違い親父がいるのは事実で、見た目もこういう感じだよねぇ、って、イラスト見たら、きっと笑っちゃいますよ(^^))

で、その美しい人は、レモンイエロー色のハリをしている!?そうで、

(そんな、ばかな(^^;))

人間の家の傍にたった一人で住んでいるというのです。

お父さんが、そのハリネズミが胸に飛び込んできた時の手触りと美しさをうっとり話す横で、プルプルも目をつぶって想像してみたのですが、なかなか素敵な人に思えてきて、

「おとうさん。ぼく、その人に会いに行く。これからその人間の家のそばまでいって、プロポーズしてくるよ」

こうしてプルプルはお父さんの代わりにプロポーズしに出掛けて行ったのです。


はてさて、レモンイエロー色のハリネズミとは一体?

どうやらプルプルは、その麗人を探し出せたようでしたが、

あっ、そう!そういうことね!(^^;)

ほんと、最後まで楽しませてくる、二宮由紀子さん。

このシリーズには、続編があります。

キンモクセイをさがしに (ハリネズミのプルプル)

二宮 由紀子/文溪堂

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こちらも楽しみです。

子どもに読みながら、私の方が可笑しくて可笑しくて、笑いが止まらないのです。

夏休みの読書にもピッタリですよ~

(自分で読むなら、小学2,3年生~)

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by yomuyomuehon | 2016-07-03 08:06 | ほのぼの絵本 | Trackback | Comments(2)