絵本のおかあさん ehonkasan.exblog.jp

子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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カテゴリ:大人向け( 22 )

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偶然か?必然か?

ふと、車の時計を見ると、自分の誕生日だったり、ぞろ目だったり・・・

これはこれは偶然過ぎるぞ!と、自分の運命は何かに操られている?

いやいや、それどころか、すっごく良い方向に導かれている?

な~んて勘違いしちゃったりもする事が起きる。

前向き過ぎるか(^^;)


それが、本を選ぶときに起きる事がある。

あれ?この本も!この本も!えーっ、同じ人が書いてたのーっ!!!!!

それが今回は”林木林さん”だった。

言葉遊びを展開する詩人だけあって、なんなのこの回文のような名前は?

”林木林”さん=”はやし きりん”さんとお呼びする。

絵本ではあるが、大人向けの、哲学的であれこれ考えさせられるお話。

表紙の、見事な金のたてがみを持つライオンは、

「私こそ、天に選ばれし者」と自負する。

お金持ちのライオンは、盛大なパーティーを開き、金色の服に身を包む。

年老いたこの国の王様がその座を誰かに譲る、次の王を国民で決めるようにとお触れを出したとき、ライオンは思った。

「私こそ、王になる資格を持っている」と。


しかし、街では別のライオンが候補に上がっていた。

それは、街外れに住む、心優しい銀のたてがみを持つライオンだった。

噂が気になって仕方が無い金のライオンは、街外れまで確かめに出掛けて行った。

そこで見たのは、土にまみれ、ほこりを被って作業するライオン。

他人のために尽くすライオンの姿だった。


銀のライオンが次の王様に選ばれてしまうのではないかと危惧した金のライオンは、街で銀のライオンの悪口を言いふらしはじめた。

金のライオンが何を言っても、最初はだれも信じようとはしなかった。

しかし静かな噂は、やがてじわじわ広まっていき・・・・

*****

タイトルにある「二番目の悪者」とは誰のこと?

もちろん一番の悪者は金のライオンに違いない。


見返しに「これが全て作り話と言い切れるだろうか――」とある。


怖いわあ。。。。。

たぶん、世の中の多くがこんな仕組みだろう。


二番目の悪者とは、あなた自身であり、私自身である・・・可能性がある。


「誰かにとって都合のよい嘘が 世界を変えてしまうことさえある。


だからこそ、なんどでもたしかめよう。


あの高くそびえる山は、本当に山なのか

この川は、まちがった方向へ流れていないか。

皆が歩いて行く道の果てには、何が待っているのか」


6年生になら読んでも良いかな?って気がするのだが、最後のページの一行は、終わり方として朝読みには向かない。

でも、噂やSNS、報道番組とは到底思えないバラエティ化した内容に、踊らされてしまいがちな子ども達には、是非立ち止まって考えて欲しい内容である。



さて、この本に出会う数日前に読んだのが、

読んであげるなら 7歳くらい~

この絵本訳者が、林木林さんだったのだ。

ってことに今気付いたのだか(^^;)

確かに、二冊には通じることがあるような。。。。


伝言ゲームをした事ある人ならば分かるはず。

まず最後までちゃんと伝わる事はない。

大爆笑でおわるこのゲームは、何もなくても出来るもんね。


文のない扉の次のページには、電線とカラフルな鳥が並ぶ。

電話線の左端にとまっているお母さん鳥の言葉を、右の端の方にいる息子のピーターへ、途中の鳥たちが順番に伝言を送っていくお話なのだが、伝言はやっぱりちゃんと伝わらない。

あまりに小さい子には、その伝わらない間違った内容の面白さが分かりにくいと思うので、やはり小学生以上への読み聞かせ向き。

さらに、賢いフクロウのオチを考えると一年生でも難しいかも(^^;)


ちなみに林木林さんで有名な絵本は、

この絵本は一時話題になり、おすすめ本として取り上げられる事が多かった。

大人が読むとぐっとくるかもしれない。

が、この世界が分かるには心の成長は欠かせない。

こういったタイプの本は、自分で選ぶようになってから読む本なのかなと思う。




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by yomuyomuehon | 2017-12-01 12:36 | 大人向け | Trackback | Comments(0)
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大人向け・・・だと私は思う。

ヨシタケシンスケさんの絵本は、子ども向けなのでしょうか?

絵本だからとて、全てが子ども向けとは限りません。

漫画っぽい絵に、飛びつく子どもは多いです。

でも、大人だから笑えるし、共感できるものがあるのではないかと、私は思うのです。

haneちゃんが書店に置いてあるヨシタケさんの絵本をパッと手にとっても、それは一度きりのこと。

まだまだ楽しめないお年頃です。


子どもには勧めないこの本を、私が読んでみました。

ふむふむ、なるほど~

面白い。

大人が読むと面白いのです。


子どもの本は、未来へ開けるものであるべきだと私は思うのです。

色々嫌なことも、苦しいこともある中で、そのお話の結末に何か一筋の光が見えるようなもの、それが児童書のあるべき姿ではないかと。


確かにこの本は面白かったのですが、そういう意味では大人向けです。


で、この本を読み進めて行く内、こんな本棚あったらいいなと思う場面がありました。

(こんな内容です)

その町のはずれの一角に、「あるかしら書店」があります。

このお店は「本にまつわる本」の専門店です。

店のおじさんに「○○についての本ってあるかしら?」ってきくと、たいてい「ありますよ!」と言って奥から出してきてくれるのです。

そして今日も、あるかしら書店には、いろんな理由で本を探しにお客さんがやってくるのです。


私がいいなと思った場面は、


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書店婚って、何だかほっこり(^^)

本好きな人同士だったら、絶対やってみたいと思いますよね?

ケーキ入刀ならぬ、しおり入本とか、

ブーケトスならぬ、文庫トスとか、

絶対良い(^^)


それからちょっとしんみりしちゃうのが、「お墓の中の本棚」↓

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墓石の中が本棚になっていて、生前故人が好きだった本が入っています。

墓参りに行くと、中から一冊選び出し、代わりに天国のあの人に読んでもらいたい本をしまってくるのです。

いいと思いません?

私のお墓をこうして欲しいわ~。

故人とこうやって心を交すこと、本当に出来そうな気がします。



それから「水中図書館」。

カリオストロの城を彷彿させる?

ある大金持ちがコレクションしたたくさんの本。

それを背の高い棟のようなお城のような図書館にぎっしり詰め込んで、階段もはしごも外したのです。




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やがてくぼんだ土地に建てたその棟は、水の中に。

「水中図書館」として、有名になりました。


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あったら行ってみたいわあ~♪


どうでしょうか?

この三場面だけでも、子ども向けではないですよね。

大人だから共感出来るのではないかと思いませんか?


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by yomuyomuehon | 2017-10-25 10:14 | 大人向け | Trackback | Comments(2)
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児童書コーナーで見つけたが、どう見ても大人向け

(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

豚、ひとりで林の入り口にすんでいました。

豚だから、豚は豚小屋にすんでいます。

 * * * * *

(以下、あらすじです)

お腹がすけば、林に入り、ピクニックに来たうさぎやきつねの食べ残しをあさり、

どろんこがあれば、ごろごろ転げ回り、

日向で体を乾かすことがあれば、どろどろのまんま家に帰ったりもしました。

そうやってずうっと林の入り口に住んでいたのです。


やがてたくさんの動物たちが豚の知らない機械を持ってきて、林の木を切り倒し、林が野原になっていきました。

そこに何十軒ものきれいな家が建ち、

朝にはランドセルを背負った子ども達が出掛けていき、

背広にネクタイ姿のお父さんたちもぞろぞろ出掛けていきました。

残ったお母さんたちは、洗濯物を干すと、テニスに出掛けていきました。

小屋の近くに来た子ども達にクーサイクーサイと笑われても、豚は豚のまんまでした。


ある日、きつね紳士とうさぎ婦人が豚小屋にやって来て、

他の豚と同じように、文化的生活をするようにと勧めたのです。

しかし、意に返さない豚。

翌日もいつものように林に食べ物を探しに入り、小川で遊び、小屋に戻ってみると、豚小屋があったはずの所にはオレンジ色の屋根のある真っ白い家が。

玄関にはきつね紳士がにこにこ笑って立っていました。

「ここがきょうからの豚さんのいえですよ」

その日から、パンツとズボンを履き、ネクタイを締め、背広を着た豚。

街の大きなビルの一角で働き始めました。

夕方、疲れて家に帰った豚を待っていたのは・・・・えっ、奥さんに子ども?

*****

ちょっとSFっぽくて、現代社会人を風刺しているような面もあって、

う~ん、どう見ても大人向けなんだけど。。。。。

どうしてこの本が児童書コーナーにあるのかしら?

これは、子どもが読んで、楽しいのかしら?

だとしたら、随分と大人っぽいお子さんです。

佐野さんの作品は、確かに子ども目線じゃないものが多いかもしれません。

でも、

なぜ?と、目の前の現実を受け入れられない豚に、当たり前のように子どもが生まれた時や入学式の写真を見せる奥さん。

そこに一緒に映るのは紛れもない、父となった豚。

その後、思い立ってきつねの家を訪ねた豚の取った行動や、その後の展開に、子どもにはショックじゃないかしら?


ある日、バス停で会ったきつね紳士はいう言いました。

「しかし幸せというやつは、ひととおなじことをやっていないといけませんからな。こつはこれだけです。このかんたんなことをやるのがまた、なかなかたいへんですが、幸せってそういうもんですからな。はっはっはっ」

さらに「しかし、」と言いかけた豚に対し、

「『しかし』とか『よくかんがえてみますと』とかはいわないほうがいいのです。『しかし』とか『よくかんがえてみますと』とかは、いまの幸せをこわします。よくおわかりになっているでしょう」


大人はきつね紳士のように、紳士面をしているのかな?

子どもはきっと

「うちのパパはどうなんだろう?」

な~んて考えちゃうよね(^^;)


大人からすれば、

う~ん、分かるなあ。。。。。

大人として、親として、こうあるべき!だけれどもさ、

時に逃げだして、どろんこの中でごろごろしたくなっちゃうもの。

現実的にはそうは出来なくて、心の中でごろごろしながら、ちゃんとしている自分を演じて思うんだろうな。

ああ、ちゃんと大人やってる自分って偉い!ってね。


タイトルにもなっている「あっちの豚 こっちの豚」は物語のラストに登場するのですが、果たしてこれは一匹の豚なのでしょうか?

それとも?

う~ん、謎めいていています。

私の中にも、「あっち」と「こっち」と、二匹の豚が存在しているような気がします。

皆、そうなのかもしれませんね。

そうやって私たちは、自分というバランスを保っていられるのかもしれません。

*****

さて、この絵本は文も挿絵も、佐野洋子さん作ですが、実は1987年に小峰出版から広瀬弦さんの挿絵で出版されていました。

巻末に、その当時のイラストが載っています。

当時、親子がちバトルの末、息子さんのイラストが採用されたそうです。

でも私は、広瀬さんのイラストは生々しくて毒がある気がして、佐野さんのイラストの方が好きだなあ。

あなたはどちらがお好みでしょう?

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by yomuyomuehon | 2017-10-12 16:45 | 大人向け | Trackback | Comments(0)
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週に一度の5時間授業月曜日。

sotaは毎週、整体治療院に通っている。

haneちゃんの泳ぐ姿勢が、左肩がかなり下がっていたのでおかしいと思い、一緒に連れて行くことにした先週の月曜日。

朝約束したにもかかわらず、学校から帰ってくるなり、ランドセルを放り出して遊びに行ってしまったhaneちゃん。

やがて学校から帰ってきたsotaを車に乗せて、公園にhaneちゃんを迎えに行ったのだが、

「いや、いかないっ!」

の一点張り。

何度言っても、どう言っても、いやだと言い、

ネットで予約したsotaの番はとうに回ってきていて、何度も呼び出しコールがあったので、

「じゃあ置いていくからね!雨も降ってきたけど、皆帰っちゃったら一人になっちゃうからね。お家にも入れないからねっ!」

「いいもん!」

仕方なく、haneちゃんを公園において治療院へ。

そしてsotaを治療院に置いて公園に戻ってみると、

小雨の中、一人ブランコを漕ぐhaneちゃんが。

「どうするの?まだ一人でいるの?」

とぼとぼと、ふくれっ面で車に乗ったhaneちゃんである。

そんな君はほんとうに頑固。


このやり取りを見ていた幼稚園からの友だちT。

「haneのおかあさんがすっごくおこっていた。はじめてみた。」

とびっくりしていたそうで・・・・

翌日学校で会ったお母さんのMちゃんに、

「昨日公園で何かあった?Tがなんかやった?」と聞かれてしまった(^^;)

確かに私は他の人の前で子どもに怒鳴った事が無かった。

・・・かもしれない。

治療院に行くのも、練習に間に合うようにしなければならず、治療に小一時間掛かる事を考えると、遊びたい気持ちは理解出来るが、haneちゃんが満足するまで待つことは出来ない。

ましてや、本人の体に支障が出ているのだ。

しかし!

今までの私は、人前で大きな声を出さずにhaneちゃんを連れて行くことが出来ていたのだろうか?

この所、それが出来ないのは、加齢による生理現象・・・更年期が本格的にやって来たからに違いない。

あれ?何か早くない?

と気付いたのが先月。

規則正しかった生理周期が若干短くなった。

子どもに対しては、反抗期だからね、そういう時期だからね、と理解してある程度は我慢できる。

ん?・・・出来てるかな?

しかし、最近主人とは衝突ばかり。

兎に角一々が気に障る。

今まで我慢出来ていたものが、最近は我慢できない。

他人を変えることは出来ない。

自分を変えるしかない。

そう分かっているのだが・・・これは更年期のせいである。ん、きっと更年期のせいである。

が、向こうはそう思わないよね、きっと。


きみはいい子

中脇初枝/ポプラ社

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大人向け

夕方五時までは帰ってくるなと言われ、雨の日も校庭にたたずむ小学4年生男子の神田さんと、頼りない新任教師との心のふれあいを描く「サンタさんの来ない家」。

震えと怒りと悲しみと・・・神田さんの胸の内を考えたとき、胸が締め付けられて、どうやってこの子は救われるのか?その幸せな結末が知りたくて、一気に読んだ。

学校の給食だけが彼の命をつなぐ。

学校が休みの日、長期休みの時、神田さんはお腹をすかせたまま我慢する。

「うそつき」でも、継母からの精神的苦痛と、食事を与えられない肉体的苦痛を味わう6年生の男の子だいちゃんを描く。


さらに、娘に手を上げてしまう、かつて自分も虐待を受けていた母親とママ友との物語「べっぴんさん」

ひとり暮らしが長くなった老女と、家を訪ねてきた障害を持つ男の子との物語「こんにちは、さようなら」。

涙無くしては読むことの出来ない作品が五篇収録されている。

それぞれの物語が家族からの虐待という辛いテーマを扱ったものなのだが、必ず手をさしのべてくれる人が現れる。

どちらも同じ人間の仕業なのだが、果たして自分は手を差し伸べる側の人間になれるか?

子どもに苦痛を与えていないか?

弱者である子どもは、自分の言葉を行動をどう感じ、どう受け取るのか?

子どもは、大人をよく見ている。そしてすべてを怖いほど素直に受け取る。

自分の言葉は、子どもを考えた上と言いながら、自分の都合でしかない、よね(^^;)そう反省するのである。



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by yomuyomuehon | 2017-10-10 14:37 | 大人向け | Trackback | Comments(0)

ああ、水泳。。。。。

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やっぱりね、そうだよね、きっとこうなると思っていたのよ。

最近練習を見ていた私の目から見て、踏ん張り切れない、力を出し切れないsotaの練習態度に、コーチもイラッとするに違いない。

学校の正門に大きな看板張られちゃってから落ちました。。。では、話にならんぞ。

そう言っていたのに・・・・

本人は、一所懸命やってる!と言い張り、

自分よりタイムの遅い子たちに、練習では平気で負けてて、それでも負けてないと言い張り、

全く現実を直視しないsotaであった。



よりによって、看板が張られたその日の降格発表。

全くもっていただけない(><)

「質問があれば、担当コーチまで」という文言が載ってはいるが、本人にも親にも何の説明もない。

まあ、そんな所だと思ってはいたけれど・・・・

人間としての成長を問うスポーツもあれば、コーチの罵詈雑言に耐え、憎しみから強くなるのが、ここ。

年下に抜かされて、耐えられなくなってやめていくのが、ここ。

ただ、sotaは入ったのが遅いため、そもそもsotaより遅い子なんていなかった。

お前はダメだと言われ続けて、ようやくここまで来た。

ああ、それなのに・・・・

所詮、リレーのメンバーの一人でしかなかったのだろう。


さてどうするか?

本人は速くなって見返してやると言うが・・・

環境が悪い。

メンバー見たら、リストラクラス。

練習時間も練習場所も良いとは言えず。

が、救いは、このクラスのコーチが、今までになくよく指導してくれる事。

そして、よく話しかけてくれる事。


最近、何を聞いても「うるせー!」しか言わなかったsotaが、学校での事を夕食時に話すようになった。

これには母さん、涙が出ちゃいそうで(^^;)

下のクラスに落とされたのに、明るくなったsotaである。

前のクラスのコーチは無視に近かった。

こんな所に子どもを入れてると、これが正しいのかどうか・・・・ほんとうに悩ましい。

何事も、努力無くしてはならないのだが、人間として成長するはずのスポーツで、この環境は如何なものか?

速い子は大切にされる。

そのコーチの態度は、子ども達にも伝染し、遅い子をはじくような王さまをも作る。

我が子は、速かろうが遅かろうが大事な子ども。

それは、子どもも持たぬコーチには到底分かるまい。


タイムという、どうにもこうにも誤魔化せないものが、全てを支配する。

それは全くもって公平であり、そして一方では無慈悲でもある。


指導者とはどうあるべきか?

コーチの態度を見ては、自分は子どもに対してどうか?と、つくづく考えさせられる。

大人は子どもに対し、常に高圧的な態度を取りがちだ。

最近、子どもの頃に、大人は理不尽だと思った出来事を思い出す事がある。

皆、そんな思い出の一つや二つあるだろう。

でも、私たちはそれを忘れて、理不尽な大人になってしまっている。


大人は子どもに対して、

親は子どもに対して、

先生は生徒に対して、

指導者は教え子に対して、

そして政治家は国民に対して、

真摯でなくてはならない。

そう思う。


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by yomuyomuehon | 2017-10-08 21:09 | 大人向け | Trackback | Comments(0)
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「偶然が重なって必然になる事が、人生の積み重ね」と小澤俊夫さんがこの本↓の白雪姫の考察の中で述べています。

ろばの子―昔話からのメッセージ

小澤 俊夫/小澤昔ばなし研究所

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この所、グリムの童話(創作のアンデルセンと・・・昔話のグリムを、どちらも「童話」と呼ぶことに違和感がある。。。)を勉強していて、改めて反省していることがあります。

かつて昔話のお話会を主催したときに、昔話が言わんとしていることの一つに、

「子どもの育て方ではなく育ち方」があるとお話してきました。

昔話を伝えてきた年寄り達は、たくさんの子どもの成長を見てきて、「あわてることはないよ。成長にはそれぞれ熟す時があるもんだよ」と教えてくれている。

正直であることや勤勉であることを語る昔話ばかりでなく、若者が変化し、成長する姿を語っている昔話もたくさんあって、大人はそこから学ぶこと、子どもは勇気づけられる事がある、と。


そして平行して読んでいた

と、

子どもを信じること

田中 茂樹/大隅書店

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これはまさに偶然が重なった必然だと感じます。


「みかづき」は昭和36年、千葉の習志野にある小学校で、小学校用務員の大島吾郎と、勉強を教えていた児童の母親である赤坂千明が出会い、学習塾を立ち上げるところから物語が始まります。

女手ひとつで娘を育てる千明と結婚し、家族になった吾郎。

さらに千明の母、やがて生まれた二人の娘、蘭と菜々美。

ベビーブームと経済成長を背景に、塾も順調に成長していきましたが、補修塾にこだわる吾郎と進学塾への拡大路線を突き進む千明との間に溝が生まれ、二人は別の道を進む事になります。

娘の蕗子は母がとことん嫌っていた公立小学校の教諭となり、母の元を離れます。

蘭は塾の関わるものの、独自を道を進みますへ。

蘭が独立して作った塾で起きた、まさに今時の問題。

菜々美は海外へ留学。

そしてグリンピースの活動に参加。

吾郎は海外放浪の旅へ。

それぞれが全く別の道へ進んでいるようでありながら、手段や形こそ異なれ、教育というところでつながっているのです。

年を重ね体調を崩し、気力も落ちた千明に代わり、塾を支えたのは、海外から戻った吾郎でした。

しかし一時は津田沼戦争(実際にあった塾同士の熾烈な戦い)に勝利し、経営を盤石なものにしていた千葉進塾ですが、世の少子化・経済格差から来る塾離れには逆らえず、経営難との噂も出ていました。

物語は三代記。

ラストは蕗子の長男一郎は現在の話。

あることで子どもの貧困問題に接し、毛嫌いしていた教育に関わることになり、やがてボランティアの学習塾を開く事になります。

おっとりした一郎は、世の流れに乗ることが出来ず定職に就かず、遅くの金髪ピアスデビューをし、アルバイト暮らしをしていたのです。

それを亡くなる前の祖母千明は心配し、自分の子ども達へは無干渉だったにもかかわらず、一郎と会えば口うるさく意見していたのでした。

上田家の宿命というものを感じます。


私が小学生の頃が塾ブームの時代だったようですが、塾に無縁だった私には、へえって感じです。

子ども達の周りでも、塾塾塾・・・気が付けばかなりの数の子が行っているらしい塾。


この「みかづき」を読んで、冷静にならなくちゃ!ってつくづく思った次第です。

政治も世の流れも、変わってしまう。

その時々で、作られてしまうんですね。

戦後の復興から高度成長期があり、バブルがはじけて、長い停滞期があって・・・

本来、教育というものは一本の筋が通っていなければならないと思うのですが、そこにもいろんな思惑が絡み、詰め込みからゆとりになって、脱ゆとりになって・・・


斎藤貴男(ジャーナリスト)がインタビューした、「ゆとり教育」を深化させる今回の学習指導要領の下敷きとなる答申をまとめた最高責任者、前教育課程審議会会長の三浦朱門氏の言葉が載っています。


本書には三浦氏の名前は出てきませが・・・

「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら教育審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これからの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。戦後五十年、落ちこぼれの底辺を上げることばかりに注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。

(日本の)平均学力が高いのは、遅れてる国が近代国家に追いつけ追い越せと国民の尻を叩いた結果ですよ。国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。日本もそういう先進国型になっていかなければなりません。それが“ゆとり教育”の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ」

これはフィクションかと思いきや、インタビュー内容は本当の話。


この記事を見せられて、一郎は憤慨するのです。

「素質もやる気もあるのに、家に鐘がないってだけで、同級生に遅れをとっている子もいる。この国はそんな子たちも切り捨てるのか」


増補改訂 日本という国 (よりみちパン!セ)

小熊 英二/イースト・プレス

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こちら↑では「天は人の上に人を作らず・・・」で有名な福沢諭吉の「学問のすすめ」の本当の意味、誕生した歴史的背景が書かれています。


併せて読むと、モノを知らぬものは良いように流されるのだと言うことが分かります。

う~ん、だから学問は大事なんだ。

でも、それは週休2日で、ゆとりも終わった時代に英語授業が増えているから英語が大事!なのではないと思います。

歴史や社会と国語(日本語)、それをおそろかにしたら、本当に流される人間にしかならないと思うのです。


「戦争は集団の狂気だ。ぼくらは狂った時代にいる。あてになるのは自分自身の知性だけだが、今の教育は子どもたちからそれをとりあげようとしている。考える力を奪い、国の随意にあやつれる兵隊ロボットを量産するための教育だ。みすみす自分を明け渡すんじゃないぞ。

誰の言葉にも惑わされずに、自分の頭で考えつづけるんだ。考えて、考えて、考えて、人が言うまやかしの正義ではなく、君だけの真実の道を行け」

これは軍人だった千明の父親の遺言となった言葉で、この言葉を忘れず、塾を興したときの第一義として

「自分の頭でものを考える力を育む」教育を掲げたのでした。

いつか狂気の時代が訪れた時、知の力をもってして、子ども達が自分を守れるように。真実の道へ進めるように、と。


何だかあやしい方向に舵を切っている今の時代、本当に大事なのは、この「自分の頭で考える力」ではないでしょうか?


全く勉強せずに臨んだ、sotaの初の中間テスト。

結果は然り。

なかなか結果を出さないsotaにしびれを切らし、こっそり覗いた私は出来の悪さに唖然(><)

たかが中学の定期テストでこの様か。。。。いらいらは募る一方。

しかし、本人が出すまで待って。

当初は出来たと言っていたsotaも反省し、次回はちゃんと勉強する、と。

しかしながら、机に向かって何をしているのか思いや、デッサン!?


時を同じく、水泳の練習も中学に入って気合いが入らず、結果は然り。

先週はさすがにコーチにこっぴどく怒られた様子。


さてさて、どちらも自分の頭で考えなくちゃ、人に言われたところでどうにもならん。

などと今こそ冷静に受け止められる私も、「子どもを信じること」を読む前は、つい2週間ほど前までは、生理的な事も重なって、ガミガミ、ガミガミ・・・・

「あーっ、うっせーなあ!」とsota。

「言われるような自分が悪い!」と私。

果たして私は子どもを信じているだろうか?

三つの本が重なって、腑に落ちたのです。

自分の頭で考えて、どんな時代になったとしても行き抜ける子どもでなきゃならん、と。


でも、またまた生理的にイライラ・ガミガミ期がやってくるかもしれず・・・そこは修行修行。

「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず・・・」

ひょえ~、孔子ってすごい(^^;)

私ったら、間もなく50だというのに、まだ不惑に至ってないぞ。。。。


「みかづき」読んで、吾郎に倣い、格好いいばあちゃんになりたいっ!思ったんだけどなあ。

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by yomuyomuehon | 2017-06-12 13:20 | 大人向け | Trackback | Comments(0)
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昨日は中学校の体育祭。

一週間前の予行の日、全身火傷のような状態で帰って来たsota。

その日が予行だったとも、一日中体育祭の練習とも知らない母は、真っ赤っかな息子を見て、ちょー驚き!!!

登下校の日焼けによる下地では全く追いつかなかったらしく、その晩はかなり痛かったようで、全身を保冷剤で冷やして寝ました(><)

体育委員のsotaは部活免除にもかかわらず、委員会活動のために帰りも遅く、帰るや否やバタバタと水泳の練習に向かった一週間。

中学生は忙しい。。。。。

ただ先週はコーチ達が慰安旅行で不在、月~木は自主練習だったのが救い?

とも言ってられない、今日も水泳の大会です。


さて、昨日の体育祭の種目に組体操がありました。

昨今どこの学校でも無くなっていますね。

そして今年、練習中に起きた転落による怪我。

きっと毎年大小に関わらず怪我はあったのだろうと思いますが、

5段の組体操のてっぺんから落ちたというのですから、怖い(><)

と言うことで、今年度が最後と言うことになりました。

え~っ、それでも今年はやるんだ(^^;)とびっくりしましたが、

昨年の小学校最後の運動会では、一番の楽しみだった騎馬戦が、やはり練習中の怪我によりなくってしまい残念でした。

最近の子ども達の心と体の成長度合いから、このまま続けて行くのは難しいと判断したとのことでした。

体幹が育っていない子ども達が、体が大きいことを理由に下になるのは危険。

一番上に立つ子も、小さいというだけでは難しい。

全員がある程度のレベルにないと、皆で一緒に行うことはかなりの危険を伴います。



小学校の副会長として来賓席に座らせていただけたので、テント下での快適な観戦(^^)

幼稚園→小学校→中学校ときて、段々気の抜ける運動会?体育祭?

幼稚園の運動会が一番の試練でした。

子どもにとっても、親にとっても。。。。


中学校の体育祭。

平等、公平の今時は、昔運動神経の良い子たちが出ていた時代とは違い、一人2種目に出場する事になっています。


sotaは男子のクラス対抗800mリレー(1人200m)とねずみ算リレーに出場。

ねずみ算とは・・・和算の一つで、「ある期間に、ネズミがどれだけ増えるか」ということを計算するです。

二人三脚→三人四脚→四人四脚→二人三脚と、これをネズミ算というのか、いささか疑問ではありますが、人数的に不可能ですからね。

これはsotaのクラスの圧勝!


障害物競走では、ハードルも跳び箱も跳ばずに、くぐる・乗り越えるOKだそうで、だれも跳ばない(^^;)

これを見ていたtaichiとhaneちゃん、幼稚園生だって出来るのに・・・とブーイング。

でも、跳び箱は皆一番低いのを乗り越えるという、中学生の取る手段の方が確実に速いのです。


それからクラス対抗大縄跳び。

sotaから全然飛べないんだよ~!と聞いてはいたものの、こんなに悲惨とは(^^;)

三分間×二回の合計が、一年生のどこのクラスも10回に届かない。

合計2回なんてクラスもあって。。。。

予行の日の夜、

「練習で一回も跳べなかったのに、6回も跳べたんだよ、すごいと思わない?」とsota。

「確かにね、本番に強いんじゃない」あははっ(^^;)

一クラスを、跳べる順に三チームに分けての小学校の大縄と違い、クラス全員となると跳べる子跳べない子も一緒で大人数だから、確かに難しい・・・が、三年生は続けて30回跳んでいたりもしたので、二年後に期待かな?


それから話に聞いて楽しみにしていた部活動対抗リレー。

午後一だったので、お昼を食べて速攻戻って観戦。

最初はパフォーマンス系!?

胴着に防具を着け、竹刀をふりふり剣道部。

ラケットでピンポンしながら卓球部。

ドリブルしながらバスケ部。

それから大麻(おおぬさ)ふりふり伝統芸能部。

大麻とは、神主さんが持つはたきのようなものです。

絵を描き描き、美術部。

来賓席などの前で一曲ずつ披露して回る吹奏楽部。

演奏するとき止まるので、吹奏楽部は時間が掛かり過ぎちゃって(^^;)

美術部の絵は???

何だか、ぐだぐだな感じ(^^;)

さすが、体育祭・・・お祭りです。


続いて男子運動部系によるがちバトル。

皆それぞれのユニフォームで登場。

ん、学生服?

帰宅部=クラブチーム組です。

結果はやはり予想通り、帰宅部の圧勝!

チームワークは、一番無いはずなんですけどね(^^;)

マジでクラブチームでサッカーやバスケやってる子達の方がそりゃ速い。

が、陸上部、どうした?

市民ランナーの☆川内先輩が泣いているぞ!


で、sotaたちのクラスが優勝したクラス対抗男子リレーを見て帰りました。


全体的にゆる~い体育祭・・・お祭り的です。

「勝ちにこだわる」って、開会式で先生が仰っていたけどなあ。。。。。

普段、勝負勝負・競争競争の中に属しているので尚更そう感じるのかなあ?

その中で唯一引き締まっていたのが組体操でした。

真剣にやらないと本当に大けがに繋がりますからね。

実際に見ると、5段のピラミッドは高い!

そして一番下にいるのは、背の高さ・体の大きさに関わらず、がち運動部系の子達。

最後は上から崩れるんですもの(^^;)

一番下はまさに下敷きです。

力の抜き方間違えたら、上の子は転落しますし、下の子はつぶされます。

そしてタワー。

これも高っ(><)

崩れそうになった1年生のタワーを、先生方が駆け寄って支えて危機一髪。

最後は三年生のアクロバット組体操。

(sotaは馬車と言ってましたが)

向かい合って三段のピラミッドを作るのいですが、三段目の一人は下から放り上げられます。

そして向かい合って立った上の二人が、そのまま後ろ向きに落ちるのです。

こわっ(><)

それを支える子達と、なんとマット役?の二人が地面にうつぶせになっています。

見事、無事にキャッチ!

中三という大きく重くなった男子たち。

ひとつ間違えば大惨事。

全員の息と気持ちが揃わなければ出来ない大技でした。


女子の、恥ずかしそうに今時のダンスをしている姿はまあかわいいものでしたが、その後ろの生徒席の前で真似して踊る男子生徒達がゆる~い感じ(^^)

自分たちの中学生時代からは到底考えられない。

これも時代なのでしょうか。。。。。

来年度からは男子もダンスかな?(^^;)

*****

さて今お友達に借りているこの本に、自己改革を試みている私です。

子どもを信じること

田中 茂樹/大隅書店

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最近、「うるさっ!」とsotaから言われる通り、うるさい母親です(^^;)

それこそsotaが幼稚園の頃は、だまって見守る事が少しは出来たものの、小学生になると、そして水泳を始めてからはうるさいなあと自分でも思うのです(^^;)

親の満足のためや、親が思うような子であって欲しいと思うあまり、子どもの気持ちよりもこちらの気持ちを優先しいていること、往々にしてあります。

でも指示や命令を繰り返していたのでは、子どもの意欲も生きる力も育たない。

何より、どちらも幸せじゃない。

分かってはいるけれど、出来ていない私です。

信じて待つこと、優しく、優しく・・・・

今この本を通じて心に念じている毎日です。

赤い線でびっしりのこの本を貸してくれたYちゃんは、私よりはるかに若いけれど、素敵なお母さんです。


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by yomuyomuehon | 2017-06-04 08:49 | 大人向け | Trackback | Comments(0)
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幼稚園のお迎えがあった3月まで、夕方TBSラジオのデイキャッチを聴きながら園に向かうのが常でした。

先日、haneちゃんが同じ幼稚園出身のお友達と、幼稚園に遊びに行く約束をしてきて、久し振りにその時間にデイキャッチを聞きました。

いつもまともな事を言っているなあと思っている山田五郎さんが、

”少子化対策と1億総活躍は“PTAの廃止”から”というテーマで話し始め・・・・

私としては???

このテーマは、新年度と言う事もあって、最近新聞でも取り上げられていましたので、反響が大きかったと思います。

幼稚園で保護者会長をやり、今小学校の本部役員と中学校の学年委員長をしている私は、専業主婦です。

仕事をフルでしている人にとって、保護者会活動というのは時間的にも難しく、そして煩わしいものでしょう。

まだ子どもが居なかった頃、地域の持ち回りの班長の役が回ってきた時、班長会議の席で「小さい子どもが居るから無理です。」「仕事で」とイベントへの参加を断る人がほとんどで、その頃欲しくても子どもが出来ずに、不妊治療を始めた私はかなり不満顔で、仕方なくやった記憶があります。

その時の区長さんは、かなりのワンマンで、それも月1回の班長会の長い事ったらありゃしない(><)

だから余計に嫌なことでしかなかった班長の仕事です。

独身の時なら尚更。

そして子どもが出来ました。

ママ友達が出来ました。

それは学生時代・社会人時代の友達とは違い、子どもが居ての関係です。

でも、同じ環境だったり、悩みを持っていたり・・・・

やがて長男が幼稚園に入園。

元々地域の保護者が立ち上げた幼稚園という経営者の居ない園です。

保護者の負担は他の園に比べてかなり大きいと思います。

でも、だからこそ得るものも大きい。

下に二人の子どもを抱えた私が、先輩お母さんによく言われたのは、

「出来るようになったら、やってくれればいいんだよ。」

幼稚園の保護者会活動・その他様々な保護者の活動の多くが有志によるものです。

小学校ではよく聞く、

「あの人はちゃんとやってない。」「やらないでずるい」なんて台詞を聞いた事は、多分(?)ありません。

幼稚園でも小学校でも、PTAの仕事は、先生だけではやる事の出来ない子どもの為の活動です。

山田五郎さんは、PTAの活動がイヤだから二人目は私立に入れたとの事。

私立ならば、事務員を増やしたり、先生の業務も増やしたりして出来るでしょう。

その分、保護者は多くの学費を払うわけですから。

しかし、公立の小学校の場合にはそうは行きません。

昨年度末、登校班で問題があって、学校と何度も協議をした事がありました。

最終的には教頭先生も交えて話をしたのですが、

市内で一番のマンモス校になったうちの小学校は、最近親も子も様々な問題を抱えている人がとても増えてしまって、毎日その対応で時間も人も足りないのだそうで・・・・

私立ならば退学もありでしょうが、公立はそういう子達のためにも存在するのです。

子どもだけなら、先生と親とで一緒に!ということが出来ますが、親も問題を抱えている場合、親も救わなくてはならない状況もあるのです。

先生って本当に忙しい。

うちの小学校では、登校班・下校班の編成は地区役員のお仕事です。

それからお金のある私立と違うのは、バザー収益や資源回収収益。

運動会の準備や片付けも、保護者の手が無ければ難しいです。


うちの小学校では子ども一人に対して1回(一年間)クラス役員か地区役員を引き受けなくてはなりません。

でも、仕事をしていたら絶対出来ないかと言ったら、そんな事はないはず。


PTAに関わらず何でも、出来ない理由を挙げたらキリがありません。

でも、どうしたら出来るか考えたら、何か答えが出るはずです。

自分の子ども達にもそう教えていきたい。


小学校では、片親が多いことに驚きました。

昼も夜もなく働いているシングルマザーの方も居るようです。

お父さんもね。

そういう理由で出来ないというのもありでしょう。

そんな状況でもやらなきゃ不公平とだ言う人が居たら、その人に問題があると思いませんか?

出来る人が出来る事を!

PTAに関わらず、何事についても、そういう温かい関係がなくてはいけませんね。


先日中学校の校長先生が、役員会の始めにされた挨拶がとても素敵でした。

「PTA活動は面倒くさいものでしょう。・・・・でも、自分の子どもが自ら手を挙げて役を引き受けるような子になるか、じゃんけんで負けてイヤイヤやるような子になるかは、皆さん次第です。」

「yomuさんは役員やるのが好きなんでしょ!」なんてアホな事を言う人もいますが、

私は自分の子が自分の事しか考えない、自分の利益になるような事しかしないような子になって欲しくないなと思います。

そして、役員が好きなんじゃなくて、人と色んな事をするのが好きなのです。


確かにね、

子どもの頃親が小学校のトイレを掃除しに来てた?

草取りしてた?

う~ん、疑問です。

しかし、それもちゃんと出来ないような子どもを育てちゃっている私たち親に問題があるんですよね。

ただ登校時の立しょう当番とか、夏休みのラジオ体操とか、やってくれていたのは覚えています。

それは子どもの為。

PTA活動が純粋に子どもの為のものであり、皆が理解すれば、PTA要らない論にはならないはず。

まずPTA要らないありきで盛り上がっていることが問題だと思うのです。

子どもの為に何が出来るか、何をすべきかがあって、それがPTAであるべきですよね。

PTAをけっこうラクにたのしくする本

大塚玲子/太郎次郎社エディタス

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幼稚園を増やせ!の時もそう思いました。

預け先があればいいのでは無い。

子どもをどう育てるか?子どもはどう育つか?

子どもにとってどうか?・・・の一番大事な部分が欠落している。

本当に大事な幼児期・学童時期は二度と戻らない。



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by yomuyomuehon | 2017-05-01 11:26 | 大人向け | Trackback | Comments(1)
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haneちゃんは、兄弟の中で一番運動神経がよいのではないかと思っている。

そして三番目であり、女の子である事は、細かい観察力を育て、兄達に張り合うことで、相当な負けず嫌いにもなった。

う~ん、今後女子とうまくやって行けるかどうかは、疑問ではあるけれど・・・・

まあ、私もつるまない人なので、何となく彼女の今後が分かりそうな気がしなくもない。

が、自分で修正していく向上心は、私にも主人にも、どっちの子ども時代にも無かったよね~(^^;)

オレにはあった、という主人・・・それは、絶対にウソだ。

一体誰に似たんだろうか?

それもこれも、

haneちゃんが兄二人に続き、水泳の選手コースに呼ばれ、3日から練習が始まって間もなく一週間。

その練習の様子を見ていて、つくづく思うからである。

かなり進級の早かったhaneちゃんではあったが、今までお声が掛からなかったのは、兄ちゃん達の力を見極めてから、というクラブチームの事情による。

どうにかこうにか、この春二人とも上のクラスに上がったので、やっとhaneちゃんも呼んで貰えることになった。

ジュニアクラスでは、クロール・バック・平泳ぎと進んでいたので、そこまでは一応泳げる。

が、練習2日目でもう、飛び込みをしての競争である。

飛び込み・・・そういえば、3歳の時、市の屋内プールで何度も飛び込んで怒られてたっけ(^^;)

だから飛び込むことは恐くないみたい・・・だ、けれども、すごいのは、一回目、下に落ちた!?ような飛込みをしていたhaneちゃんが、2回目・3回目と回数を重ねる度に、前へ前へと飛距離を伸ばしていた事!

翌日には、兄ちゃん達を良く見ているというか、よ~く話を聞いているというか(^^;)・・・体を後ろに引いて、バネを使い、反動を付けて飛んでいたので、一緒に競争していた子よりかなり前に飛ぶのである・・・まあそれでも、この一学年上の女の子に、フリーでは抜かれてしまうのだが(^^;)

でも、バックとブレストでは勝てるので気分よく、その上この日のコーチはメチャクチャ褒めてくれるので、上機嫌で帰宅のhaneちゃん。

そして、「あしたはぜったいにかつ!」と、その晩パパ指導を受け意気揚々と望んだ昨日。

残念ながら、昨日は競争も飛び込みも無く(^^;)

でも、さすがに疲れが出たようで、ふと見るとリビングで眠ていたhaneちゃん。時刻は夜の7時。


今週、何度haneちゃんに、本当に水泳を続けるのかと確認したかしれない。

毎日3時半からの練習(厳密には月・土は4時半から)に行くには、放課後友達と遊べなくなるかもしれない・・・いや、遊べないだろう。宿題もあるしね(^^;)

水泳を選ぶということは、色々なものをあきらめなくてはならなくなる・・・のは、兄達を見て知っているか(^^;)

それでも「やる!」というhaneちゃん。

果たして学校が始まって、段々暑くもなって、疲れも出て来て、う~ん続くかしら(^^;)

今後が楽しみでもあり、心配でもある。

子どもの「手づかみ食べ」はなぜ良いのか? (IDP新書)

山口平八,清水フサ子/IDP出版

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「大きくなったときに、人間はいろいろと人生の壁にぶつかることがあるでしょう。そんなときに、幼いときからいろいろな体験や経験をしている人は、「これがだめなら、あれ!」と多角的に物事を見たり考えたりすることができ、何とかその場をしのいでいくことができます。体験や経験が、生きる力になってくれるのです。でも訓練的な価値観で育ってきた人は、「これがダメだったら、もうダメ」となりがちです。」


埼玉県鴻巣市のどんぐり・どんぐりっこ保育園の、「生きる力を培う保育」を書いたもの。

「人間は豊かな幼少期を過ごしてこそ、人生の壁を乗り越える事ができる」

その基本が「手づかみ食べ」であるという事を解説した子育てバイブルである。

「食べる」ことは「生きる」事、発達の基(もとい)である。

手は「突き出た大脳」と言われるくらい、脳の発達に大切な部分であり、その指を使って食べる事は知的な発達につながるのだ。

「知的な発達」というフレーズにビビッと来る人は多いはず。

しかし、汚されるとイヤ、手で食べるなんて!、時間掛かるし、遊び食べになるしと思い、実際は手で食べる行為をさせて来なかった大人、させてない大人が多いのではないか?

普段祖父母に看て貰っていたら、まず手で食べるなんて事はないだろう。

大人たちは「何をどれだけ食べさせるか」には気を配っても、「自分で食べるようにする」にはあまり配慮が出来ていないのではないか?

う~ん、最近のお母さんたちを見ていると、それすら出来てない気がするが・・・

「手づかみ食べ」は「自立への第一歩」

「自分でやる!」という自我が成長していく上で非常に大切な行為なのである。

初めて子どもを持つお母さんにとって、いつから離乳食?いつから果汁?卒乳は?断乳は?頭を悩ませるものだ。

まず、〇ヶ月になったらとか、一般的な月例はあくまで統計的なものであり、その子自身に当てはまるものでは無い事を理解する必要がある。

<離乳食の開始について>

嚥下(えんげ)=飲み込みや咀嚼の力はその子の運動機能の発達とも大きく関連しているそうだ。

赤ちゃんをうつぶせにした時に両手を翼のように中に浮かせ、全身をのけ反らせて飛行機のような姿勢になってしまう子はまだ両腕の肘や手のひらで上半身を支えて頭を高く持ち上げることができない。

この状態の子に液体状のものでもスプーンなどで口に入れると、一部が肺に入って咳き込んでしまう。

左右両方の肘や手のひらを畳みについてしばらくうつ伏せ姿勢がとれ、頭も高く上げられるようになると、上手く飲み込めるようになる・・・が、半分以上は口の端から流れ出てしまうのだが。(大体6ヶ月頃)


七ヶ月頃になると手のひらで上半身を支えて移動できるようなると、顎の上下運動が(噛み噛み)が出来るようになる。

そうすると、野菜スティックなどを歯茎で噛み取れるようになる。

この先に四つ這いがあり、四つ這いが出来るようになると、顔面の筋肉が発達してくる。

あまり四つ這いをせずに歩き出したと言う子は、2、3歳になっても噛む事が苦手。

この9ヶ月頃の四つ這いはとても大切なのだが、最近の洋風化した住宅事情ではこの時期を十分に取るのが難しい。

子どもの事を考えたら、ソファなどつかまり立ちが出来るようなものは端へやって、何も無いスペースを広~く取ることが望ましい。


<自分で食べたい!>

10~11ヶ月になると、なんでも「自分でやりたい!」時期になる。もちろん食べる事も!

この「自分で!」の時期は、兎に角汚す(^^;)

「テーブル全体がお皿」という意識を持って、汚すのを覚悟で望む事が必要。

私はテーブルの下に新聞を敷いていたかな?

食べ散らかしたものをそのままポイっ!

お母さんはイライラする時期だけど、お母さんがテキトーになると乗り越えられる。

食べさせようと必死にスプーンを口に運ぶより、自分で食べてもらう方が実は楽(^^)

逞しく育てるためには、離乳食期の手づかみ食べは大切。

赤ちゃんせんべいとか、食パンとか、卵ボーロとかと手づかみ食べさせているから大丈夫というのは間違い。

そこには、散らかさないでという願いや視線、操作があるから、結局子どもの意欲はそこまで育たない。


そして「お母さんの手ではなく、自分で!」の手づかみ時期は母子分離の時期でもある。

1歳過ぎても「あーん」と食べていたら、子どもはいつまでも母子分離できない。



この本の中で、私がへえ、そうだったのか?と改めて気付かされたことが一つある。

手づかみ食べの時期に目の前にスプーンを置くことで、子どもは自然とスプーンの使い方を学ぶという事。

必要ないと思って、置いてなかったなあ。。。。。

どうせ遊んじゃうからと思っても、置くことに意味があったらしい。


この本は、乳幼児を持つお母さん、お腹に赤ちゃんの居るお母さん、保育士を目指す若者達に是非手にとって欲しい本。

トレーニング箸の問題点や安易に市販の離乳食を選ぶことで起こる問題、食事の時間、朝食の大切さ、就寝時間についても、乳幼児期にとっても大切な事が書かれている。

それから、昨今大事と言われる卒乳についても異議を唱えている。

いくつになっても母乳を与えるのがよいと言うのは間違えだと。

心の栄養は、乳首を介さなくとも可能である。

断乳ではなく卒乳により、肝心の子どもの意欲や食べる力が育っていない。

コップを両手で持って飲めるようになったら断乳の時期だそう。


私は子ども達を3人、このどんぐり保育園にかなり似た同じさくらさくらんぼ系の幼稚園に通わせた。

手づかみ食べ、全身運動のリズム体操、泥遊び、築山遊び、雑巾掛け、飼育、自由にやりたい事をやれる延長保育の時間・・・・

そこで、これらの乳幼児に本当に大切な事を学ばせてもらった。

それはTVや雑誌で言われる早期幼児教育とは一線を画すものだった。

だからこそ、haneちゃんが始めた水泳の選手コースには、まだ躊躇する自分がいる。

ピアノも同じ。

一週間前にあったhaneちゃんのピアノの発表会で、もっと大きな子の指の動きを見て驚いた。

関節がピンと張ったまま、指が関節で曲がらない子が結構居るのだ。

ピアノは指先を器用にするというが、その前の手づかみ食べが大事なんだなあとつくづく感じた次第。

乳幼児期にどう過ごすかは本当に大事。

その時期豊かに存分に楽しんできたからこそ、これからやりたい!と思うことに集中出来るのかも知れない。

何れにせよ、本人が望むなら、満足するまで頑張って欲しい。

それから、子どもの食事を考える上で参考になる本を一冊。

不調・病気知らずの体をつくる おくすりごはん

梅﨑和子/家の光協会

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「体の中にある自然な治癒力をやさしく引き出す食事と手当て」方法。

忙しい食事の支度に、この重ね煮料理がなんと楽な事か(^^;)

食材を、切って重ねて煮込むだけ。

特に汁物はこれだけでかなりの量のお野菜を採ることが可能♪

是非皆さんの食卓に、一品、重ね煮料理を加えてみることをオススメする。

ところでhaneちゃん、結膜炎!?目が充血していたのだが、番茶+塩で目洗いと湿布をしたところ、治ったみたい(^^)

薬は副作用を伴うが、身近な食べものの薬効成分は体に穏やかに作用する。

これは長い年月の中で体験的に伝えられてきた知恵でもある。


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by yomuyomuehon | 2017-04-08 11:15 | 大人向け | Trackback | Comments(2)

子育てについて考える

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勝ってうれしいはないちもんめ

 負けてくやしいはないちもんめ

 となりのおばさんちょっと来ておくれ

 鬼がいるから行かれない

 お釜かぶってちょっと来ておくれ
 
 お釜破れて行かれない

 鉄砲かついでちょっと来ておくれ

 鉄砲ないから行かれない

 あの子がほしい

 あの子じゃわからん

 この子がほしい

 この子じゃわからん

 相談しましょ、そうしましょ



haneちゃんがこの頃幼稚園の延長保育時間中にやっているらしい、この「はないちもんめ」

子どもの頃、やりましたか?

自分が欲しいと言われるかどうか、どきどきしながら歌った事と思います。

大抵先に名前が上がるのは人気者?元気な子?強い子?

一緒に遊ぶ時点で、嫌われ者ならこの遊びに入れてもらえないはずですから、絶対に呼ばれなかったという子はいないでしょう。

昔の遊びって、何の道具も必要としませんでした。

缶けりだって、その辺に落ちている缶で出来ましたものね。

持っている子も持っていない子も、み~んな一緒に遊べました。



今時「はないちもんめ」は、「いじめ」に繋がるとか言われて、敬遠されいたりしないでしょうか?

子ども達が通った幼稚園では、二人組になる機会がよくあります。

が、仲間外れになる子を気にして先回りして、先生が組み合わせるなんて事はしません。

子ども達が自分で考えて行動します。

その時の人数が奇数だと、必ず一人あふれてしまいます。

その子はどこかに入れてと言ったり、または先生と組んだりします。

なかなか行動できない子に対して、先生は暫く待ちます。

それでも行動できない子には提案したり、どうしたら良いか考えるよう促したりします。

暫くすると、いつも同じ子がそうなるわけではないようです。


皆仲良く、いじめは絶対にいけない・・・そのスローガンだけが先回りしていないでしょうか?

子どもが傷付かないようにと、小さな内から大人が入ってトラブルが起きないようにする事は、果たして解決になるのかなと思います。

子どもはまだ「人間」になる成長段階。

傷付く事も、傷付けられる事も経験して、「人間」として成長していくのではないでしょうか?

いい事か悪い事か、ここまでは許されるけど、ここから先は絶対にダメとか、まだ確固たる判断が付かないものです。

山に篭って一人で生きると決めている人は別として、人は皆多くの人と関わって生きていかなくてはなりません。

関わりたくないと思っても、そういうわけにはいかないのです。

幼稚園も学校も、その為の(人間関係の構築の仕方を)勉強する場所なのではないかと思います。


月曜日、三年生への読み聞かせの後、一年生の授業のサポートに入りました。

「昔遊び」を経験するという授業のお手伝いでした。

けん玉・ひもゴマ・羽つき・あやとり・おてだまを一年生に伝えるというものです。

先生だけでなく、地域の人も関わって、皆で子どもを見ていく、育てていくというのは、核家族に育つ現代の子ども達にとって、貴重な体験ですよね。

私はひもゴマを担当しました。

ひもゴマを担当された他の方は、放課後講座でもご尽力されている地域のおじ様方。

5クラスある一年生が、10分ずつ5つの昔遊びを体験しました。

ただ、10分でひもコマを廻せるのか?

難しいです。。。。。

今年は教材として皆一つずつ購入したらしく授業で既にやっていると聞いていたのですが、廻せる子はクラスに数名。

廻すには紐を巻くことが出来なくてはいけませんが、それが出来ない。

そして、男投げをしたのか女投げをしたいのか、それにはどちらに巻くのか分かっていない(^^;)

そこを説明していなかったようで・・・

サポートのおじ様に伺ったところ、どっちでもいいんだよと(^^;)

えーっ!?

そうなの?

だから廻せないんじゃ、な・い・の・で・は。。。。。。。

とは言えないので(^^;)

私が担当した子には、男投げ女投げどっちがしたいか聞いて、巻き方を教えていきました。

でも、巻けないので(^^;)

まずは巻いてあげて、持ち方を教えて投げさせました。

すると、

「まわったーっ♪わあ はじめてできたーっ!!!先生、ありがとー!!!うれしーっ」

と大興奮の子ども。

(先生、じゃないいんだけどね)

私も一緒にヤッター!!!良かったねぇと大喜び。

「じゃあ、次は自分で巻いてみよう!」と巻き方教えていると、

また別の子が

「せんせーっ、まけませーん」

と来て、とりあえず巻いてあげて・・・・

な~んてやっていると、担当していた8人くらいの内、10分で見てあげれる子はせいぜい2、3人。

その中で元々出来ていた子はせいぜい1人か2人。

出来るようになった子は1人。

みんな見てあげれなくてごめん(><)


片方の手でコマを持って、もう片方の手で紐を巻きつけるという行為が、今の子たちには非常に難しい事が分かりました。

普段から指先を動かしていないので、昔の子に比べて、総じて不器用です。

指の一本一本をそれぞれ自由に動かす事が出来ないのですね。


休憩中に手乗りゴマをやっていると、子ども達が集まって来て・・・ちょっとばかりいい気分♪

そんな私ですが、子どもの頃やった覚えはなく、幼稚園では年中時にやるひもゴマも、主人に任せっきりでした。

コマ大会の時、親もやると聞いて大慌て(^^;)

親も出来るまでやらされたので、私のせいで終わらなかった(><)という苦い思い出が・・・・

そこから私の練習は始まり、手乗りゴマまでは出来るようになったのです。

まだ、足では廻せませんが(^^;)


けん玉を担当した方も、上のお子さん(高校生)が小学生の時に嵌っていて、一緒にやったら面白くて、出来るようになったそうです。

下地があれば、大人になって始めても出来るようになるものです。

でも、今時の子ども達の暮らしぶりを見ていると、そうはならないだろうなと心配しています。

普段の生活を見回してみると、

蛇口をひねる事は無いですよね?

レバーを上げ下げ?

もしかしてオート?

それってトイレもですよね?

トイレと言えば、和式を使えますか?

雑巾を使う事はありますか?絞れますか?

クイックルでポイっ!じゃないですか?

ボタンの服を着ていますか?

被りものオンリー?

ウェストはゴム?

三角巾を後ろで縛るとか出来ますか?

紐を結べますか?

スイッチなどは、今時のものは力が要らないように出来ています。

運動靴にしても、紐のものが子供用には殆ど見つかりませんよね?


それらは全て、不器用な子どもを作り出しているだけって気がしませんか?

全て、高齢者向けのような気がしませんか?


洗濯物を干すにも、洗濯ばさみを片方の手で広げて、もう片方で持って伸ばさなくてはいけないわけですが、簡単に見えるような事でも、やっていない子、不器用な子にはきっと出来ないと思います。

生活の方法を変えたら、いくらでも子どもを成長させるものはあります。

不便な暮らし方をする事です(^^)

一度便利な暮らしをしてしまうと、それを不便にする事は難しい。

だからこそ、子どもが小さな内に!と思いませんか?


長男が入園した事で知った、子育ての本当に必要な事。


その事が分かる本↓

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「子育てサポートブック」 東関東子育てサポートセンター 木村利行先生


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小さくてわかり難いかしら?

TVや雑誌で取り上げられている事よりも、人生の基礎を作る幼児期に、本当に大切な事は何かが分かります。

商業的な勧誘に流される事なく、じっくり考えてみませんか?


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by yomuyomuehon | 2017-02-09 11:02 | 大人向け | Trackback | Comments(0)