「ちいさな ちいさな ベビー服」
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小学校高学年向け
「グリーンはあと」・・・・倉敷中央病院のある、ボランティアグループの名前です。
ここは、病院に入院する患者さん用に、様々な手づくり品を作っています。
その中に、「ちいさなちいさなベビー服」というものがあります。
なぜ、「小さな小さな」・・・かと言うと、
それは、祈り届かず、声を上げる事なく、あの世に旅立っていった赤ちゃんに着せる為のベビー服だからです。
元気な赤ちゃんを抱いて退院することしか頭に無かったお母さんにとって、亡くなってしまった子を連れて帰るのは、あまりに辛く苦しいことです。
そのお母さんを更に悲しませるのが、小さく生まれてしまった赤ちゃんに着せてあげるベビー服が無い事です。
仕方なく、菓子箱に入れて帰るお母さんもいたそうです。
ただでさえ、自分を責める気持ちでいっぱいのお母さん。
それなのに・・・菓子箱だなんて。。。
なんとか出来ないものだろうか?
ここから始まったのがこの活動でした。
悲しみのきわみにあるお母さんと赤ちゃんをやさしく包み込むような、そして折れそうな心を少しでも支える事が出来るような、そんなベビー服を。
*****
おめでとう!
そう言われることなく、病院を後にするお母さん達を思うと、涙が止まりません。
流産と死産の境、妊娠12週。
私は一度流産した事があります。
流産でも辛いというのに、亡くなった子を連れて帰るお母さんは、どれほどの苦しみを背負っているのでしょうか。。。。
そこに寄り添う、グリーンはあとの皆さんの活動には深く感動します。
が、彼女らもまた、その活動を通じて、歓びを与えられているのだそうです。
倉敷中央病院は、倉敷紡績創業者で、大原美術館を建てたことでも有名な、大原孫三郎によって建てられました。
経営者としての顔の一方で、社会事業にも深く系統していた孫三郎は、工場で働く労働者の福利厚生にも心をくだきました。
病院は、もともと工場で働く労働者のために建てられたもの。
岡山孤児院への支援を通じ、社会を覆う貧困問題の根っこに病気があると考えました。
困窮した生活の中から病気が生まれ、十分な治療を受けられないまま親が亡くなると、孤児が生まれる。
この不幸な悪循環を断ち切らねばと、この病院を、誰でも利用できる病院へと方向転換したのでした。
「ほんとうだったら、大きくなって存分に社会で力をはっきしてくれたであろう赤ちゃんだからね。たとえなくなったとしても、分け隔てなく接したいと思うんよ。生きて元気にうまれるあかちゃんとの影にいる赤ちゃんにも、分け隔てなく敬意を払わんとね」
という看護師長の渡辺さんの言葉には、孫三郎の「平和主義」という高潔な理念が、現場で働く人達に脈々と受け継がれていることに驚きを覚えた、と作者。
―――人は、苦しみに直面している人の存在に無関心であってはならない。
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