絵本のおかあさん ehonkasan.exblog.jp

子どもたちが通った幼稚園で、絵本の読み語りボランティアのお母さんは、『絵本のお母さん』と呼ばれています


by yomuyomuehon
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遊びの中で子供は育つ☆ダンプえんちょうやっつけた

金曜日の朝、6時の目覚ましでパッと起きたそうた。

今日で3日目、ああどうやらスイッチが入ったな!と安心したのもつかの間。

またもや暖房の前でだらだらだらだら・・・・

今朝は雨だと思って、喜んで(?)パッと起きたらしく(^^;)、さあ行くぞ!とパパの一声に、気分は↓

そして・・・「もう、つらいからやめる」と。

えっ、辛いからやめるーっ!?

その理由には納得できないパパとママ。

辛いからってやめてたら、今後何やっても続かないぞ!等々うんぬんかんぬん・・・・

その日は卒業式で、6年生とのお別れの会という1時間授業での下校。

納得いかない私達を他所に、ご飯もそこそこに駆け出して行ったそうたです。


さて・・・どうしますか?

ああだこうだ話し合いながらも結論が出ないまま、パパは仕事でお出掛け。

たいちと洗濯物を干して掃除をしている間に、そうたは早くも帰宅。

そして話したのが、私の失敗体験でした。


私が小学生だった、30年以上も前の事。

5・6年生の担任は、体育系の独身の男の先生でした。

私は体育のマット運動や器械体操が大っ嫌いでした。

かといって運動音痴だったわけではありませんよ(^^)

バック転・バック宙、走って行って跳び箱の上に手を着いて空中回転。

なんて、そんな高度な事を(・・・と言っても、結構皆出来ていた)やっていました。

その話をパパにしたら、それは高度すぎる!と。

当時は、それが怖くて怖くて出来なかった。

走って行っては跳び箱の前で止まり、マットの前で止まり・・・

その怖さからの脱却を出来ずに来てしまった事が、その後の自分に大きな影を落としています。

何をやっても、最後の一歩で抜きん出る!って所で挫折してしまう。

一人で、よーし!と飛び出していけず、宙ぶらりんだった事も、その克服できずに来てしまった事に起因するのではないか、そう思うようになりました。

それは、そうた達が昨年の卒園前にやっていた跳び箱で感じたこと。

園児にとって5段って、結構な高さです。

目の前に大きな箱が有ると、怖くて立ちすくんでしまう子も多くいます。

でも、最後の一人が飛べるまで卒園式は終わりません。

先生も親も黙ってじっと見つめるだけ。

誰も助けてはくれません。

しかし突然跳び箱が壁になるのでは無く、三年間という間に、自分で乗り越える事を心に身体に刻み込んで来たからこそ、先生も親も子供が出来る事を信じ、子供も向かって行けるのです。


あの当時、PTAや先生方が協力して作り上げたアスレチックコースが、広大な校庭の周りにありました。

そこには三段のジャンプ台があり、高いものは3mもの高さでした。

飛び降りるのは怖かったけど、毎日やれた。

水泳が得意だった先生は、夏休み中の水泳の選手練習でも厳しく、5キロ・6キロ泳がされるのは当たり前。

日陰が一つも無い田んぼの中の4キロ近い通学路を、時折シュルシュルくねくね横断する青大将にビクビクしながら、火傷しそうな程熱せられた道を歩いて行ったのです。

勿論5・6キロ泳いだ後も徒歩で帰宅。

当時は忘れ物にも厳しかった。

家まで走って取りに帰ったし、また走って学校へ戻ったし・・・

先生が怒って3日間授業を放棄、校庭の草取りをさせられた事もありました。

これには滅茶苦茶な!と、今でも思うのですが・・・

今の時代、考えられないような事ばかり。

そんな小学生時代を過ごしてきたママでさえ、一つの事を乗り越えられなかった事で、今一つ伸びずに終えてしまった(?)わけです。

今の子達よりはるかにキツイ事をクリアして来たにも拘らず。

だから、朝公園をたった2周する事が辛いだのキツイだの言ってやめてたら、君は壁を乗り越えられるような大人にはなれないよ!と、そうたに話したのでした。

その話があまりに面白かったのか、異次元過ぎたのか、色々質問してきたそうたです。

「どうする?何も乗り越えられないへなちょこりんな大人になっても良い?それでもやめたい?」

「走りに行く!」と、即答したそうた。

公園で走る姿が散歩していたおじいちゃんとおばあちゃんの目に留まり、話をしたのですが・・・

「しっかりした走りだね」

「いえいえ、2周目だけはちょっと頑張って走っていましたけど・・・本当は主人と通学前に走っているのを、今朝はぐずぐず言い出して、今になっちゃって・・・」

「毎朝走ってるの?いやね、家にも6年生になる孫が居るんだけど、ゲームばっかりでねぇ。3年生か4年生?」

「いえ、1年生です」

「あっそうなの?おっきいねぇ」

走ってスッキリしたそうたは、たいちと走り回り、haneちゃんとも遊んでくれて、良いお兄ちゃんです。

それをみたおじいちゃんとおばあちゃんは益々「いやあ、羨ましい」と。


でもおじいちゃま、おばあちゃま。

これは、ほんのひとコマでして、それも良い場面の!・・・言えない様な事も勿論た~くさん有るんですよ!

ブログにも、良い事ばかりじゃなく書こうと思っているのですが、皆さんにはどう映っているでしょう?

ネタになるような事となると、面白く楽しい良い事を多く書いちゃっているのかもしれません。

・・・が、我が家にもどこの家でもあるような大変な舞台裏があるのです。

それをその通り書くと、大変長~くなってしまうので省いていたりもします。


大きくなった子供たちが読んだら、こんな事まで書いてたのか!と怒るかもしれません。

*****



読んであげるなら 5、6歳~


(本文の書き出しは、こんな感じ・・・)

ここは ひがしはまの まちです。

ひがしはまの まちには、みなとが あります。

こうばが あります。

はたらいている ひとが、たくさん すんでいます。

まちの まんなかに、わらしこほいくえんが あります。

わらしこほいくえんには うんどうじょうが ありません。

ブランコも すべりだいも ありません。

わらしこほいくえんは ちいさな ほいくえんです。

けれども、からだの おおきな えんちょうが います。

えんちょうは こどもたちから ダンプえんちょうと よばれています。

えんちょうは いっています。

「なに、なに、ひがしはまの まちじゅうが わらしこの うんどうじょうだよ。

ブランコや すべりだいに なるものだって、ちゃーんと あるんだよ。」


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 * * * * *


(以下、あらすじです)

わらし子保育園の一番年上はくじら組。

9人の子供たちがいます。

一番小さい子はさくらで、すぐ「こわいんだもーん」と言うので、皆はさくらを弱虫だと思っています。

お母さんが忙しくてパンツを洗えない時、お母さんのパンツをはいてくるたかし。

皆から柄パンと呼ばれています。

わらし子保育園の滑り台は、住吉神社の石段です。

でも弱虫のさくらは、いつも見てるだけ。

ダンプ園長は、物凄い速さで滑り降ります。

そして子供たちは皆、跳ね飛ばされます。

「あーあ、ぼく いちど、ダンプを はねとばしてやりたいなあ。」

「そうだ、そうだ。はねとばしてやりたいなあ。」


たかしが歌うように言いました。

「えんちょうは ダンプで、おれは ガラパン。かならず きっと そのうちに、ガラパンが ダンプを やっつける。」

「はっはっは。はやく やっつけてくれ。」



ある日園長が言いました。

「きょうは ひなたやまへ いってみよう」

リヤカーに乗って、しゅっぱーつ!

「あ、ほらあなだ!」

崖の途中に、洞穴がありました。

「むかし、だれか すんでいたかもね。」

「かいぞくだよ。きっと かいぞくの ひみつの きちだったんだ。」

「そうだ。かいぞくごっこを やろう。かいぞくが おひめさまを さらいに くるんだ。」


さくらはお姫様役。

他の子達は皆海賊になりたがったので、じゃんけんで決めることにしました。

海賊ごっこの決まりも作り、いざ対決!

さくらは、草の上を走ってくるたかしが、まるで波の上を走ってくるように見え、海賊になったら何でも出来るような気がしました。

「おひめさまを さらいに きたぞう。」

「わたし、さらわれたーいい。かいぞくの こに なりたーい。」


園長は大笑い。

海賊ごっこはダメになってしまいました。

お姫様な成り手がなく、皆海賊になりたいので、海賊同士の宝物の取り合いにしました。

崖を転びそうになりながらも、我慢して木の枝をつかんで下りてきたさくら。

さくらは少し強くなりました。

海の真ん中で始まった戦い。

「さあ、こい。」「やられたあ。」

石に躓いて転んださくらに刀が振り下ろされ、足にびしっと当たりました。

泣き出しそうなさくらに、ダンプ園長は、

「さくら、がんばれ!かいぞくの こだろ。」

はっとして目を開けて立ち上がったさくらは、無茶苦茶に刀を振り回し、ようへいを倒しました。

生まれて初めて、チャンバラごっこで人を切る事が出来たのです。

そのさくらもたかしに切られ、嬉しそうに倒れて死んだ真似。

この戦いは、たけしたち洞穴海賊の勝利。

「わたし、こう いちど、かいぞくごっこ やりたーい。」とさくら。

「やろう、やろう。」


と言う事で、今度は『わらしこ海賊』対『正義の味方ダンプ園長』

子供9人対ダンプ園長の戦いです。

「ようし、きょうこそ こどもの ガラパンが、おとなの ダンプを やっつけてやるう。」と張り切るたかし。

子供たちは作戦会議をして、あれこれと策を練りました。

・・・が作戦と言うものは、考えている時は上手く行ってるのに、本当のことになると、どうして上手く行かないのでしょう?

園長の船(リアカー)は引っかかるはずの藤蔓の手間で止まり、園長は島に飛び上がりました。

子供たちは次々に園長に切られました。

2度切られて死んだはずのたかしが、園長の足にしがみ付いて叫びました。

「さくせん ぜんぶ しっぱーい!だれでも いいから おおがたせんを ぶんどって、たからものを とってしまえ!」

さくらは思わず叫びました。

「わたしが いくう。」

林の中を懸命に走るさくら。

やがてさくらは切り立った崖の上に出ました。

足が竦みます。

下は原っぱで、リアカーが見えます。

ここを飛び降りるほかありません。

だけど、飛び降りるには高い高い崖でした。

見下ろしていると、原っぱは真っ青な海になり、旗を立てた大型船が海の真ん中に悠々と浮かんでいます。

「やられたあ。さくらちゃん、いまのうちに はやくう。」

「さくらちゃーん、とべ!かいぞくの こだろ。かいぞくの こだったら、こわくないよう!」


後ろでは、のっしのっしと足音がし、その足音がピタッと止まると、ダンプ丸が刀を振りかぶりました。

*****

「子供は遊ぶ、遊びの中で体験を重ね、飛躍する、という枠組みと子供像をもっとも単純化した話」と古田足日さんは『子どもを見る目を問い直す』の中で仰っています。



弱虫だったさくらは、ひなた山での海賊ごっこを体験する内、強く逞しく成長して行きました。

いつも「こわいから、やらないもーん」と言っていたさくらに、「やってみろ」とは言わなかったダンプ園長。

海賊ごっこのルールにも口を挟まず、子供達の自主性に任せていた、見習うべき大人像。

遊具も園庭も、何も持たない園でありながら、遊びは大きく広がり、子供達は生き生きしている。

砂場ではショベルやバケツを使って、ブランコに滑り台等々、汚したら叱られそうな綺麗な服・・・ちっちゃなちっちゃな枠組みの中で遊んでいる、今時の子供たちの貧しさを思います。

このお話にノスタルジーを感じますか?

かつては自分もこんな風に遊んでいたって方は、お幾つでしょうか?

高い所から飛び降りたさくらの心臓が浮くような感覚は、学校のジャンプ台や納屋の屋根や木の上から飛び降りた時の事で思い出しました。

勿論チャンバラごっこもやったし、1m以上幅のある用水路を跳び越して追いかけっこもしてた。

お寺の一角にあったブランコや滑り台のある遊び場よりも、家の周りどこもかしこも遊び場だった。

今時の子供たちの運動神経の悪さは当たり前。

そうやって遊んでいないもの。

そして、スイミングや体操教室、サッカー教室に野球教室。

う~ん、またもやこの『子どもを見る目を問い直す』を読んで、色々考えさせられてしまった。


さて昨日、用事があってかって私が通っていた小学校の傍を通ったので、どんなに広い校庭だったか子供たちに見せてあげようと思い、学校を覗いてみました。

そしたら・・・

何だか思っていたのより狭い!?

あの頃はあんなに広く感じていた校庭。

400mトラックが悠に取れる程とパパに話したけれど・・・あれれ200mトラックか?

そして勿論、木製のアスレチックは全て撤去されていました。

30年以上経ってますからね(^^;)

しかし父が作った鉄製の長~い平行棒は、場所を移して存在していました。


その昔逞しく遊んでいた子供だったあなた、自分の子供を逞しく育てたい!と思うあなた、この絵本はそんなあなたの宝物になるはずです。

今二番目の息子が通う幼稚園でも、かつての原風景の一端を見る事が出来るような気がします。





最後まで読んでくださって、ありがとうございます。



 * * * * *


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Commented by キュートなうさぎ at 2012-03-27 11:38 x
ダンプえんちょうは、年中の時に読みました。
その時は、あまりピンとこなかった様子でした。
今の方が、心に響くのかもしれませんね。

yomuさん、激しい小学生時代をおくっていましたね~。
公立なのに、毎日5,6キロ泳ぐ?ハードすぎます!
バク転にバク宙??もはや体操選手レベルでしょう(笑)

私自身は、忘れ物多い、宿題しない、給食食べないと、かなりひどい子どもでした。
罰のフルコースを味わった女子は、私くらいかもしれません。
ただ、よく遊んだな~という記憶はあります。
公園が無かったので、沼や森や崖が遊び場でした。
一人になりたい時は、木の上の秘密基地でぼんやりしてみたり。

そうたくん、yomuさんのお話に何かを感じたかな?
行きつ戻りつの時もあるかもしれませんが、きっと、少しずつ前に進んでいるのでしょうね。
このブログが、いつか子ども達の素敵な宝物となることでしょう。
Commented by yomuyomuehon at 2012-03-30 05:56
うざぎちゃん、いつもありがとう!!!
「ダンプ・・・」はたいちがかなりお気に入り♪一人でも一ページずつ捲って眺めています。そうたが園児の時もそれ程ではなかったよ(^^;)

今の時代の子供に比べたら相当ハードだと思うけど、当時はそれが普通だったもの。親も煩くなかったし、小学校に好意的だったから、先生も今の時代と違ってやり易かったよね!

随分問題児だったのね~(^^;)
でもよく遊ぶ事が成長させるって事だね♪
あの辺は自然豊かだったのね。私は裏のお寺のお墓で、よくカクレンボしてたなあ・・・当時はたまに土葬の家もあったりして、ズボッと入っちゃたこともあったわ~(怖っ)

そうたくん、その後はとってもよく走ってます。暖かくなったのも、朝明るくなったのも原因かもね。
by yomuyomuehon | 2012-03-27 07:22 | おもしろ絵本 | Trackback | Comments(2)